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女性はセックスのときに動物本来のオルガスムを味わっているのか

 日本でもベストセラーとなった「話を聞かない男、地図が読めない女」の著者として有名になったアラン&バーバラ・ビーズ夫妻(オーストラリア人)共著の本を幾冊か読みましたが、その中で「セックスしたがる男、愛を求める女」(主婦の友社)という本に、次の記述があります。

第8章 男が知らなかった女の11のナゾ
 4 なぜ女にはオーガズムがあるのか?
 オーガズムがあるのは人間の女だけ。ほかの動物の交尾は7~10秒程度で、純粋に生殖のためだけの行為だ。人間の女は男にいつもそばにいてもらうために発情を偽装しており、排卵期でなくてもセックスできるようになっている。
 オーガズム時の膣内をカメラで調べると、絶頂に達すると膣の筋肉が奥にしぼりあげるように収縮し、(中略)精子を吸い上げようとするのだ。
 それを考えると、妊娠するためには男と女が同時にイクことが重要になる。
 進化生物学では、女性のオーガズムは種のクオリティーコントロールの手段だとする説もある。自分に必要な遺伝子を持っていない男では、女はオーガズムを得にくい。オーガズムを感じられる男となら子どもをつくる価値があるというのが、自然界からのメッセージなのだ。…

 しかし、ここには大きな間違いが幾つもあります。順を追って指摘することにします。
(ここでお断りしておきますが、オーガズムは英語、オルガスムスは独語、オルガスムは仏語の発音です。小生は仏語発音を採用しておりますので、引用以外はオルガスムで統一表記します。)
 「オルガスムがあるのは人間の女だけ」と主張する学者が多いようですが、オルガスム時の膣の動きはここに記されたとおり(唯一ここだけが正しい)であり、これは霊長類についても確認されています。ヒトのメスは、オルガスム時にオスを喜ばせるためにオーバーに喘いだり、よがり声を出すことが多いですから、ヒトのメスだけにオルガスムがあるものと勘違いしているだけでして、霊長類だって、ときにはキャッと叫び声を発することがあるようです。
 そして、逆に、動物(哺乳類)は、普通に性交すれば毎回オルガスムを感じていると考えられるのですが、ヒトのメスは相当の努力をしないことには、滅多にオルガスムを感ずることはできないのが本当の所です。それも、十分に熟練して、ある程度の年齢になってからのことです。
(ここでまたお断りしておきます。小生は、「性交」という表記をしました。通常は、ヒトの場合は交接、動物の場合は交尾と言いますが、類人猿には尻尾がないですから交尾という表現は不適切であり、ヒトと動物を差別せず、ともに「性交」と表記します。)
 なお、オルガスムに達することができるのは、膣内にあるGスポットへ強い摩擦刺激が与えられるからです。これについては、同著に次の記述があります。

(P.158)Gスポットは、膣内部の前面にある3平方センチメートルほどの場所で、神経端末が集中している。(中略)感じ方は女性によって千差万別だ。(中略)Gスポットの位置からして、ペニスで刺激できる後背位がいちばん適しているようだ。…

 これは、たしかにそうでしょうが、ただし、後背位がいいかどうかは異論があるようです。

 次に、「動物の交尾は7~10秒程度」というのも間違いです。ヒトに近い種のチンパンジーやボノボの性交は、この程度の時間で済ませますが、ゴリラは分単位になり、オランウータンともなると通常30分程度と非常に長くなります。また、「純粋に生殖のためだけの行為」というのも間違っています。ボノボにあっては、隣接群と好意的に接触した場合には、単なる挨拶行為として相互のオス・メス間で盛んに性交が展開されるのでして、正しくは、「性交という親密な挨拶行為によって、オマケとしてオルガスムが味わえ、これが生殖につながる」というべきです。

 3つ目に、「女は男にいつもそばにいてもらうために発情を偽装」はダブルで間違っています。女が男にいつも傍にいて欲しいなどとは決して思わないでしょう。霊長類にあっては、メスにとってオスは普段はうっとおしい存在であるからです。また、女は発情を失っているのはたしかなことですが、それを絶えず偽装しているというのもおかしいです。
 欧米の学者がこうした発想に陥りがちになるのは、近代キリスト教社会に定着している理想とされる一夫一婦制の在り方によるものでしょう。わけてもアングロサクソン文化にこの傾向が強いように思われます。

 4つ目に「妊娠するためには男と女が同時にイクことが重要になる」というのも正しくないです。精子の遊動力は相当のものがあり、膣口への射精でもって十分に妊娠し得るのです。

 5つ目に「女性のオーガズムは種のクオリティーコントロールの手段だとする説」は完全な間違いです。説明するのも嫌になります。

 アラン&バーバラ・ビーズ夫妻には申し訳ないですが、この項については、あまりにも間違いが多すぎますので、きつく指摘させていただいたところです。ただし、これ以外の事項については、現代の男と女の脳の違いをはじめ男と女はどういう動物なのかを的確に解説されており、たいそう勉強になって、良書であることを付言しておきます。もっとも、進化生物学上の記述は大半が誤っていますけど。

 さて、これより、表題に書きました「女性は哺乳類本来のオルガスムを味わっているのか」について、小生の論を述べさせていただきますが、その前に、アラン&バーバラ・ビーズ夫妻が書いておられることは、多くの欧米の学者の主張するところでして、多数派の論となっています。
 どうして、このようなことになるのかと申しますと、それは、“人は他のどの動物よりも格段に進化しており、群を抜いて優れた生き物である”という固定観念から生ずるものです。これは、キリスト教社会に強く表れるものでして、生物学においても、ヒトを他の動物の一段上に置いて、それから互いの違いを見ていき、進化の道を推測するという手法を採っているからです。今日になっても、生物学にしろ宇宙物理学(天地創造=ビックバン説)にしろ、キリスト教神学から脱却し得ていないのです。
 
 それでは本題に入りますが、本件に関しては、イギリス人のエレイン・モーガン女史が、その著「もう一つの人類進化論 女の由来」(どうぶつ社)の第4章「オルガスム」で30ページにわたり、多方面から詳述しておられますので、まずその中から引用することにしましょう。

(P.85)この章でとりあげるのは、人間の行動面での進化の中で最も濃い霧に包まれた部分であるーーセックスにおける女性の快感、という問題がそれだ。
(P.94)人間より下等な動物のメスたちは、私たちの経験しているオルガスムに相当するようなものは感じない、というのが現代の定説だ。そう考える理由としては、2つのことが言われている。さらに、ホモ・サピエンスの妻たちがなぜわざわざこのようなメカニズムをこの惑星に持ちこんだのかについても、2つの説明がある。
 動物にオルガスムはない、と信ずべき第1の理由は、人類の女性にそなわったこのメカニズムがおそろしく不完全なものだということである。したがってそれは、比較的最近与えられたもので、自然選択のプロセスの中で完成するほど長い時間は経ていないはずだ、というのだ。この点をふまえてE・エルカーンは、この能力はまだ生み出されたばかりで開発途上なのではないか、と推測している。またL・H・ターマンも、「性的に十分反応出来ない」女性患者たちを診た際、その原因としてフロイトの言うような精神的外傷を見つけようとしたが、ほとんどの場合見つからなかったので、本当の原因は心理的なものというよりむしろ生物学的・遺伝的な部分にあるのではないか、と結論するに至った。つまり、エルカーンと同じ結論に達したわけだ。またデスモント・モリスも、いまだ開発途上かどうかは別として、それがホモ・サピエンスの段階になって初めて登場した、と考えるところでは一致している。
 2つ目の理由として主張されているのは、一般に四足動物のメスは交尾のあと、まるで何ごともなかったかのように平然と立ち去る、という事実である。これは明らかに、オルガスムの素晴らしき味わい、七色の歓喜といったものが動物のメスには無縁な存在であることを示すものだというわけだ。
 つぎに、その現象が私たちの種にだけ忽然と現れた理由として述べられている2点を見てみようーー
 理由(a)は、すでにおなじみの、夫が偉大なる狩人になったので、セックスをいっそうセクシーなものにすることによって夫婦の絆を強める必要があった、という主張である。夫がいつ帰ってきてもその要求に応えられるようにするために、狩人の妻には新たな“行動報酬”が与えられた。オルガスムは行動報酬なのである。
 理由(b)のほうは、さらにいっそう意表をつくものだ。女性が二足歩行を始めたことでワギナが下向きになり、受精がひじょうに困難になった。性交直後に彼女が立ち上がって歩きだすと、精液がしたたり落ちてしまうからだ。そこでしばしのあいだ、抗しがたい圧倒的な体験によって彼女をうちのめす必要があった。そうすれば精子が目的の場所に達し、もう起きてもよくなるまで、彼女の体を水平にしておくことができるからだ。…

 これに対して、モーガン女史はことごとく反論しています。ただ1点、

 …女性にそなわったこのメカニズムが不完全なものだ、という点では賛成だ。…

ということを除いては。
 そして、第1の理由に関して、オルガスムを経験できる年齢というものは、

 …キンゼーによれば、オルガスムが起こる率がピークに達するのは、結婚後15年ないしはそれ以上たってからだという。…

 これについては、少なくとも日本では経験的に知られていることであり、また出産経験者でないと味わいにくいことも知られています。また、モーガン女史は、このことからして、

 …オルガスムというシステムがまだ開発されはじめたばかりだとか開発途上だとか言うためには、それを経験した女のほうがそうでない女より明らかに多産であるということを証明しなければならない。だが現在にも過去にも、そのようなことを裏付ける証拠は何一つ見いだすことができないのである。各種のメカニズムは、その種の保存に役立つ時にのみ“開発”が進むものだからだ。…

 第2の理由に関しては、モーガン女史は実に痛快に次のように論破しています。

 …四足動物が交尾後も平然としている点に関しても、彼女たちは何ごとについても私たちのように大騒ぎはしない、ということで説明がつきはしないだろうか? ものを吐くこと一つとっても、人間は大きな音をたてて吐き、体の代謝が正常に戻るまでの5分間ないし10分間は、青白い顔で力なくあえぎながら、トイレのそばにへたりこんでいなければならない。それに対して多くの動物は、食べる時とほとんど同じように静かにきちんと吐くし、その後ただちに、「まるで何ごともなかったかのように平然と立ち去る」……。

 理由(a)に関しては、モーガン女史は女性ならではの面白い反論をしています。

 …(オルガスムという)報酬がそんなに素晴らしければ、貞節でないほうがいっそう楽しめるというものだ。そして、最も下等な霊長類から人間に至るまで順に見ていくと、受入れ可能期間は着実に長くなっていく。サルの中でも高等な…(種)…は、オスに迫られれば通常いつでも受入れが可能だーー時には妊娠中に受け入れることさえある。…

 これについては、少々説明が間違っているので、補足します。「受入れ可能期間は着実に長くなっている」は言い過ぎで、「概ねそうした傾向にある」程度のことです。そして、オスに迫られてメスがやむなく受け入れるというのはオランウータンにしか見られず、発情期(受入れ可能期間)以外においては、基本的にメスがオスを誘うことによってしか性交しないです。また、「時には妊娠中に受け入れることさえある」とありますが、チンパンジーはじめ大型類人猿は皆、出産直前まで性交するのが普通です。
 理由(b)に関しても、女性ならではの反論をしています。

 …男より女のほうが性行為の余韻が長く続くかどうかは、はなはだ疑問だ。(中略)いずれにしても、(セックスは)最も邪魔の入りそうにない時と場所を選んで行われる。行為のあと女がとび起きて、「素晴らしかったわ。だけど私、急がなくちゃ」と言わねばならない理由は何一つないのだ。だがもしその時、彼女が焦げくさい臭いをかぎつけ、30分も前からアイロンをつけっぱなしだったことに気づいたらどうだろう? たとえ相手の男がどんな素晴らしいセックス・テクニシャンだったとしても、女を水平に保つために開発されたはずのオルガスムが今日なお、ちっとも役に立たないことを思い知らされるはずだ。
 というわけで、こうした仮説はすべて捨ててしまい、もっと別の、じつに大胆な仮説をたずさえて、そもそもの初めから見直していくことにしよう。(中略)「メスは、オスの性欲に奉仕し、オスの快感を助長し、オスの子どもを産むためにつくられている」という男性中心主義的世界観ときっぱり縁を切ることが大切だ。…

 ここまでの引用文をお読みになって、あまりの男尊女卑さにビックリされるされるかもしれませんが、本書が著されたのは1972年で今よりはどれだけか女権が弱かったのは事実であるものの、欧米キリスト教社会においては、科学の分野においても、いまだにその根底に聖書が根強くはびこっているからです。そうしたことから、モーガン女史は、本書の第1章の冒頭で、これを痛烈に批判し、次のように書き始めておられます。

 創世記によれば、神が最初につくったのは男だ。女は、そのあと思いつきでつくられた、いわばおまけである。2千年近くものあいだ、聖書の記述を根拠にして、女は男の従属物であり、男より劣っているという考えが、綿々と語りつがれてきた。「女は男のコピーとしてつくられたが、けっしてよい出来ではなかった。男と女にはさまざまな違いがあり、女は神のつくりたもうた最高傑作とはいえない」というわけだ。(中略)男と女の違いを扱った各種の文献も、その根底にはたいてい、“女は男のできそこない”だという大前提がひそんでいる。「もとの青写真とくらべると、女にはひずみがある。男こそが規格に合ったよい製品であり、女は規格外の不良品だ」というわけである。…

 話が少々横道に反れてしまいましたが、ここで元へ戻します。引き続き、モーガン女史の主張を引用しましょう。

 …セイレル・エイマールとアーヴィン・ドウヴォアは述べているーー「人は生きるために必要だから食事をするのではないし、種の保存のために必要だからセックスをするのでもない。母親がわが子を抱きしめてかわいがるのも、世話をしないと死んでしまうからではない。私たちが食べ、性行為をし、もし母親なら赤ん坊の世話をするのは、そのような行為が喜びを与えてくれるからである。」…

 動物は無目的で生きているのですから、これが正しい分析であり、目的論でもって語るのはキリスト教神学の論法であって、ことごとく誤りに陥ることになります。その点、エイマールとドウヴォアは客観的にものを見ています。モーガン女史は、これを踏まえて、

 …(オスメス)両者の(セックスの行動報酬に関する)メカニズムがまったく同一であると信ずべき根拠がある。キンゼー協会が1953年に出した報告に、つぎのようなくだりがあるのだーー「性的結合が始まった直後、あるいは数秒ないし1分程度のうちに、体の特定の各部位が、充血によってふくれたり、大きくなったり、固くなったりするようだ。このことは、人間にも、もっと下等な哺乳類にも、そしてオスにもメスにも、等しくあてはまる。」
 セックスにおけるメスの快感ははるか昔に発達し完成した、とみるのが最も単純で筋が通ると私は思う。(中略)(人間以外の動物の)メスがいちいち大騒ぎしないのは、まさしくそれが完成されているからである。それは食べることと同じぐらい単純で、努力を必要としなかった。報酬としての快感は、自動的に得られたのだ。
 したがって、私たちがみずからに投げかけるべき質問は、「人間はなぜ、そしてどのようにして、現在見られるような、とても複雑で謎めいたメカニズムを、いったいぜんたいどうして人間は置き忘れ、見失い、全面的に台無しにしてしまったのか?」という質問であるべきなのだ。…

 ここで、前段については少々言い過ぎの感がありますので、小生の見解を記しておきます。
 オス・メスのメカニズムがまったく同一と言い切ることはできないのではないかと思われます。
 なぜならば、魚類のようにオスの射精とメスの排卵は、ともに過栄養の排泄であって、同一メカニズムであるのですが、哺乳類にあっては、オスの射精に相当するものはメスの出産であって、性交時においてはメスには過栄養の排泄はなく、単に産道(膣)への摩擦刺激だけですから、メスは擬似的にしか過栄養の排泄による快悦を楽しむことができないからです。
 もっとも、オスのその快悦が単に精液の輸精管への摩擦刺激だけで生ずるのであれば、同一メカニズムであると言えますが、この辺りは定かではないものの、全く同一と決め付けるのは危険でしょう。
 さて、非常に大きな問題は、後段にあります。ただし、「とても複雑で謎めいたメカニズムを置き忘れ」のくだりはいただけません。ここのところは、「ヒトのメスは単純明快なメカニズムを置き忘れ、とても複雑で謎めいたメカニズムをさんざん学習してからでないと、オルガスムが経験出来なくなってしまった。」でしょう。
 後段の投げかけに対して、モーガン女史は、人類が水生進化する中で、四足動物は膣口が背側にあるのに、ヒトのそれが腹側にあり、それがために膣が変形して、性交機能障害を起こしてしまったからだと言っています。つまり、メスがオルガスムを楽しむことができるGスポットをオスのペニスが強く摩擦することが不可能となり、摩擦できるとしても、ヒトの場合は極めて優しく撫でる程度のことしか出来なくなり、それではとてもGスポットに密集している神経細胞を励起させられないというものです。
 この辺りのことをモーガン女史は詳細に解説していますが、その概略は、先に記事にしたセックスを秘め事とする唯一の動物、それは人の中で書きましたし、モーガン女史の説明を要約しつつ、足らず前を小生が2、3補足して人類水生進化説第5章の中で詳細に論述していますので、ご覧になってください。

 結論を急ぎますが、ヒトのメスは、チンパンジーと類似した祖先から現生人類へと進化する過程で、いっときオルガスムを全く経験することができなくなってしまったと考えるしかありません。
 なぜならば、ヒトのメスは、発情をなくしてしまったからです。オルガスムの経験、つまり、膣のGスポットに密集している神経細胞への刺激というものがなくなれば、ラマルクの「用不用の法則」(一般に「説」と言われますが、これは「法則」に格上げしてよい)に従って、深海魚の視力が失われていくのと全く同様に、膣のGスポットにある神経細胞が働かなくなるのです。そうなってしまうと、排卵に伴うホルモン分泌も異常をきたすことになり、排卵に伴う“もどかしさ”=“これが「発情」という現象”をなくしてしまう結果となったのです。
 でも、完全に神経細胞が反応しなくなったところまでは行っていないでしょうし、完全に発情が消えてしまったと言い切ることはできません。現実に、経験豊かな女性の場合はワギナ・オルガスムを経験されることがあるようですし、どの女性も排卵期にはどれだけかのホルモン分泌の変化による体温上昇があるのですから。

 ここまで、オルガスムに関して、クリトリスのことについては触れてきませんでしたが、オルガスムはクリトリスによって起きるとする主張もありますので、その辺りのことについて、再びモーガン女史の論説を引用することにしましょう。

 …このへんで、躍起になって外側を行ったり来たりしているクリトリス学派に話を戻そう。彼らは、自分たちの主張するシステムが立派に効果をあげることを承知している。そして私も、そのことを否定はしない。ただ、それはあくまでも代用品だということだけは、指摘しておきたい。クリトリスはペニスの相同器官で、痕跡的なものであり、男性の乳首と同様、なんら実際的な働きはしない。(中略)男性の乳首と同じように、クリトリスにも末梢神経がふんだんにはりめぐらされている。(中略)
 正常の性的メカニズムがうまく機能しなくなりはじめると、それに代ってクリトリスが、ある目的を果たしはじめた。デズモンド・モリスは、興奮の極みにある場合は男も女も耳たぶに息を吹きかけられるだけでオルガスムに達することがある、と述べている。であれば、クリトリスを刺激すればもっと短時間で同じ効果が得られるはずだ。というのも、クリトリスも耳たぶ同様、もともとはそうした目的のためにつくられたわけではないが、耳たぶよりずっと敏感だし、場所的にも有利なところにあるからだ。
 進化の物語は、こうした代用品に満ちている(中略)
 私たち人間は移行期のまっただなかにいる、というのが真相といえるだろう。もはや四足動物たちの薬園にあと戻りすることはできない。(中略)クリトリス・オルガスムはまだ、代用品として生まれたばかりだ。ワギナ・オルガスムのほうはいくらか完成されているとはいえ、たとえどんな恵まれて条件の中でもそれを感じられない女性が、厳然として存在する。…

 モーガン女史のここまでの論説は、きっと正しいことでしょう。
 そして、ワギナ・オルガスムについて興味ある現象をモーガン女史が紹介しておられますので、その部分を引用することにします。

 …ケーゲル博士は婦人科医として、腹圧性尿失禁の問題に取り組んでいた。(中略)だが博士は(中略)体操によって治せることを発見したのだ。その体操は、ワギナ内壁のすぐ外側を取り囲んでいる尿道括約筋を強化するものだった。体操は女性患者たちの失禁を治しただけでなく、別の思いがけないボーナスを与えた。(中略)多くの女性患者が「セックスの時、前より感じるようになった」と自分から語った、というのである。(中略)
 ルース・ブレッチャーとエドワード・ブレッチャーはその共著『人間の性的反応についての分析』の中でこの発見にふれ、コメントを加えているーー「ここから導かれる結論として、ワギナ・オルガスムを感じる生理学的部位は尿道括約筋の中にある特殊な末梢神経ということになる。性交時、ペニスの挿入によってそれが刺激を受け、強い高まり、ないしは深い感覚といったものをもたらすのである」。「不感症の治療効果という点で言えば、毎日この体操を行なって尿道括約筋を強化することで、10人のうち6人以上の女性に症状の改善が見られた、とケーゲルは報告している」。(中略)
 私は、ケーゲルこそまぎれもない真実を語っているのだと信じる。…

 オヤオヤどうなっちゃったの?という感がします。性感帯はワギナのGスポットではなく、尿道括約筋の中にある特殊な末梢神経が代替機能を獲得した?ということを、モーガン女史は論説しているからです。
 よく分かりませんが、ここのところは未解明な部分があって、両者が相まって働いていると考えた方がよいかもしれません。

 ここらでそろそろ表題にしました「女性はセックスのときに動物本来のオルガスムを味わっているのか」について、小生の見解を申し上げることにしましょう。
 人のメスのワギナにあるGスポットは感度があまりにも鈍くなっているからして、いかなる達人のオスといえども、そのペニスで持ってしても動物本来のメスのオルガスムを感じさせることはとうてい不可能になってしまっていると考えざるを得ないのではないでしょうか。
 しかしながら、ヒトのメスが失ってしまった動物本来のメスのオルガスム、その擬似的な快感、これをヒトのメスは、個人差はあれど、どれだけかのGスポットへの快感なり、クリトリスの末梢神経の興奮なり、尿道括約筋の中にある特殊な末梢神経の興奮なりの助けを借りつつ、動物がオルガスムを経験するときに決して使うことがない大脳新皮質をフルに使って、つまり精神世界に入り込もうと懸命に精神を集中させる(パートナーと心身ともに一体になろうとする)ことによって、代替快感を得ようとしている、と考えるべきでしょう。
 その代替快感は、実はオルガスムではなくて、エクスタシー(忘我)という全く別のものであると解した方が良いのではないかと、小生は思うのです。
 ヒトのオスは動物のオスと同様なオルガスムを経験するのに対し、ヒトのメスは動物のメスとは全然異なるエクスタシーを経験する、と理解したいです。
 そして、ヒトのメスがエクスタシーの経験を十分に積むことによって、まれにGスポットの神経細胞が励起する状態が現れることがあり、そのとき初めて動物本来のオルガスムを併せて味わうようになると考えた方が良さそうな気がします。

 ところで、エクスタシーとは何なんでしょうか。これについては、「失楽園」の著者として有名な医師・渡辺淳一氏の著「男というもの」の第8章「エクスタシーへの招待」の中で書かれていますので、それを引用することにします。

…女の性を語るとき、どうしても触れておかねばならないのは、エクスタシーについてです。(中略)これはかなり実態が曖昧で定義するのはなかなか難しそうです。
 女性にしても、自分がエクスタシーを感じているかどうかは自らの主観で判断するしかなく、なかには本当にエクスタシーを感じていないのに、「かなり気持ちがいい」という状態を、エクスタシーだと思い込んでいる人もいるようです。
 ここであえてエクスタシーを定義すると、性的に成熟した女性が性行為によって興奮の極みに達したとき、激しい快感とともに一時的に雲の上を浮遊するような、ときには意識が虚ろになるような絶頂感とともに膣の周りに血液が充満して膣内の温度が上がり、内壁の粘膜が麻痺するといった、肉体的な変化を引き起こす状態、とでもいえばいいのかもしれません。
 ところでこのエクスタシーに達するには、それなりの条件が必要になってきます。(中略)これらいままであげた女性の性的成熟、精神的障害の解除、男性に心を委ねるといった点にくわえ、いまひとつ欠かせないのは男性側の性的技術です。(中略)この場合の性的技術には、性交そのものにくわえ、男性がいかにうまく女性の緊張感を解くかといったことも含まれます。
(中略)男は女性にエクスタシーを与えることを重要視し、そのために懸命の努力をするのです。いわゆる「女性をいかせる」ということは、男の最大の願望であり、(中略)男にとって重大なテーマであると同時に、かなり努力と技術もいることなので、若くてまだ経験が浅いときには、なかなかうまくいかないことも多いのです。たとえば女性がエクスタシーに達するのと同時に男も射精するのが最高なのですが、それなりの経験を積み、また相手の女性とある程度馴染まないと、なかなかタイミングが一致しないものです。同時にのぼりつめるためには、自分の性欲をコントロールすることも必要ですし、絶えず相手の様子を窺うだけの精神的余裕や性的自信も必要になります。しかし若いころは性的自信はまだないのに性欲だけは強いので、途中で暴発することも多く、本当に女性をよくすることはなかなか難しいものです。(中略)一般的に男性も40代に入るころには、(中略)肉体的にやや衰えて、若いころのように簡単に射精しなくなり、それが持続という点ではかえってプラスになるという利点もないわけではありません。

 渡辺淳一氏のおっしゃるエクスタシーは、小生が言うエクスタシーにオルガスムまでもが含まれたものという違いはありますが、本質的には異なるものではないと解して良いように思われます。
 セックスのとき、男が味わうのはオルガスム、女が味わうのはエクスタシーであり、両者は別物であるからして、人のセックスは動物のようにうまくかみ合わない、と考えるべきでしょうね。
 そして、両性が単にオルガスムしか感ずることがない動物(哺乳類)に戻ることができなくなってしまった人、であると言えましょう。


(本稿は青少年育成上ふさわしくない表現が含まれますので、アダルトサイトでの投稿としました。)






 

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