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Ⅲ 霊長類の社会生態

ヒト社会の変遷を霊長類社会から学ぶ

Ⅲ 霊長類の社会生態

 前章で類人猿の性生活と社会生態について概説しましたが、彼らは近縁でありながら種ごとに大きく様相を変えてしまっています。のちほど紹介しますヒヒの社会生態についても、その傾向が大きいです。
 そこで、霊長類全体に広げて社会生態を見てみますと、個体の形質進化に伴って、かなりの共通性と連続性が系統樹から読み取れます。従って、類人猿やヒヒ類は例外的な存在と言えましょう。
 本章では、霊長類の社会生態を概説しますが、最初に現れたのが夜行性の原猿類です。彼らは昆虫食で、単独で生活しています。それが、果物も食べるようになった昼行性の原猿類に進化すると、ペアが主になって、一部で複雄複雌群が登場します。さらに植食性を高めて、葉食をするようになった真猿類になると、旧世界猿ではペアが消滅し、複雄複雌群が主となり、1雄複雌群を形成するものも登場してきます。
 このように系統発生に従って、社会生態は、単独→ペア→複雄複雌群→1雄複雌群へと順次変わっていくという流れが認められます。そして、複雄群にあっては、原則として母系になっています。
 そうした中で、際立って例外をなしているのが類人猿です。
 テナガザルは原初的な生態のペアを崩していませんし、オランウータンにいたっては、1雄複雌群まで上り詰めたと思われるのですが、原初の単独生活に戻ってしまっています。加えて、類人猿の複雌群は皆、父系です。
 ちなみに、類人猿以外の旧世界猿で、父系になっているのは、アカコロブスとマントヒヒのたった2種しかないのです。
 霊長類において、その社会生態が、このような連続性や普遍性を取りつつも顕著な例外を生じさせているのはなぜでしょうか。
 これは、食性の相違や外敵の有無といった自然環境の影響を受けつつ、オス・メスの交わり方の違いなど、様々な要因によるものと言われていますが、なぜにそれぞれの種に、それぞれ固有の社会生態が生まれ出たのかについて、明確に説明されたものは見当たりません。
 そこで、本章では、新世界猿を除く霊長類が、様々な社会生態を取るようになった必然性を、私なりに解明し、ヒトの社会生態の変遷を推察するための足掛かりにしたいと思います。

1 霊長類の本性は単独生活
 霊長類のメスは、大人になったら死ぬまで自分と胎児なり赤ちゃんなりの2人分の食事を取り続けねばなりません。彼女たちは、子供が乳離れしたら直ぐにでも妊娠し、これを休みなく繰り返すからです。また、霊長類のオスは、メスに食べ物を運んでやるようなことは決してしません。自分に必要な食べ物は自分で採取するしかないです。従って、メスは採食時間がオスよりも長くなり、ほとんど“花より団子”の一生を過ごします。
 さらに補足すれば、美味しい物は量がわずかなことが多いですから、先に見付けた者が食べてしまいますし、チンパンジーにあっては、オスたちで占有してしまって、メスには食べさせないことすらあります。特に、乳児を抱えたメスは動きがのろいですから、美味しい物にありつけることは決してないと言って良いでしょう。毎日、代わり映えしない、まずい物ばかりを黙々と食べるしかないのが、メスの通常の食生活なのです。
 メスにとっての“団子より花”の生活は、子供が乳離れし、ホッとした一時に訪れるだけです。それは、次の赤ちゃんを身籠るために訪れる短期間の発情期で、オスたちにチヤホヤされるのですが、メスの一生においては、ほんのわずかな時を占めるに過ぎません。ここで、男の私見として“ホッとした”と申しましたが、メスの立場に立つならば、子供が乳離れしてしまって“寂しい”というのが本当のところかもしれません。
 霊長類学者は、その観察において、ニホンザルにしろ、チンパンジーやボノボにしろ、「メスは食べるのに忙しい上に、一日中子守もして大変だが、オスは暇だなあ。」との感想を漏らしておられます。
 大半の霊長類のオスはこうですから、メスとは大違いで、その一生が“団子より花”の生活になり、“食探し”をそこそこに切り上げ、年がら年中“メス探し”にほっつき歩くことになってしまうのです。
 従って、“団子より花”なのか“花より団子”なのかの違いによって、霊長類は、メスが定住し、オスは遊動するという傾向になるのでしょう。

 メスにとって、採食と子育てだけを考えたら、どういう生活が理想でしょうか。私はオスですからメスの気持ちはよく分かりませんが、それは、一日中赤ちゃんを胸に抱いたり、幼子と一緒に過ごす単独生活ではないでしょうか。ヒトを含めて、それが霊長類のメスの本性ではなかろうかと、私には思えるのです。
 霊長類の元祖の形質を色濃く受け継いでいる、昆虫食をする夜行性の原猿類のメスは皆、単独生活です。熱帯雨林の樹冠においては、暗闇であれば、空から猛禽類に襲われることはないですし、夜行性の猛獣に襲われる心配もありません。昼間は葉影でひっそりと母子が抱き合って寝ておれば、いたって安全です。また、昆虫が主食となると、メスは毎日かなりの数の昆虫を食べねばならず、採食に時間がかかります。従って、散開して生活した方が効率良く昆虫を採取でき、別々の木に単独あるいは1組の母子で陣取ることになるのは必然でしょう。子が成長したら、母親と別れて別の木に移り、単独生活を開始すればよいです。
 独り身になったメスが発情すれば、近隣にいるオスがそれを察知して、一時的にペアを形成するのも必然です。そして、メスが妊娠すれば、オスはどこか別の木に移り、両性とも再び単独生活に戻ります。このようにして、夜行性の原猿類は、単独生活を維持し続けていると思われます。
 オランウータンのメスも単独生活ですし、森林性のチンパンジーのメスもこうした傾向にあります。両種ともに、その生息域の密林には、木登りできる猛獣がいないですから、いたって安全です。加えて、体が大きい分、主食とする果物をたくさん必要としますから、集団を形成していては、毎日、何度も移動せねばなりません。こうしたことから、両種とも、メスは自然と単独生活を志向するようになったのでしょう。

2 ペア社会の形成
 夜行性の原猿類が繁栄していくと、何らかの事情で恒常的に昆虫が不足するようのなったと思われます。そこで、水分補給を兼ね、柔らかく熟した果物も食べるようになった原猿類が登場したに違いありません。
 ここで、熱帯雨林の果物について概説しておきます。果樹は、消化不可能な硬い種と一緒に果肉を食べてもらい、それを食べた動物が種を排便することによって、離れた所で子孫を増やそうとします。従って、熟した果物の果肉は栄養があって毒がないのですが、未熟な果物はまだ種が成熟しておらず、早々に食べられては困りますから、果肉には毒があって食べられないことが多いです。また、熟せば柔らかくなる果物となると、そうそうあるものではありませんが、色が変わるものは多いです。
 さて、どれだけか果物食を始めた夜行性の原猿類が、奇跡的な突然変異によって色彩感覚を手に入れ、昼行性に変わります。こうなると、硬くても色変わりしておれば熟した果物であると察しが付き、容易に果物が手に入るようになります。そして、昼行性の原猿類は、硬い果物を食べ続けて胃腸を発達させ、体を少し大きくしました。
 その昼行性の原猿類は、多くがペア社会を形成しています。これはどうしてでしょう。昼間に活動するようになると、空から猛禽類に狙われるようになり、安全を確保するためにペアになった、とは決して言えません。音もなく上空を旋回している猛禽類を発見するには、一桁上の数でもって集団化しないことには、とても不可能と思われるからです。
 従って、ペアを組んだ者たちは、猛禽類に襲われる危険性が高い樹冠を避けて、果樹の中層で昆虫や果物を採取したことでしょう。
 ところで、昆虫であれば、どの樹木であっても差がなく手に入ることでしょうが、果物となると全く実を着けないものが多いです。
 ここで、熱帯雨林の植生について概説しておきます。様々な樹種が混ざり合った混合林で、単一の種が隣り合うことはなく、飛び飛びに生えているのが一般的です。果樹もそうで、同一種の果樹は大きく離れて所々にあるだけです。また、果樹の種によって果物が生る時期がまちまちで、また、年がら年中生っているものでもありません。
 こうした条件の下で果物食をしようとすると、需給バランスが崩れて、単独あるいは1組の母子で1本の果樹を陣取ることが難しくなります。
 ある果物が終わりを告げ、食べ頃を迎えた別の種の果樹に移るとなると、陣取り合戦をするしかありません。単独生活がしっかりと身に着き、孤独を楽しんでいたのですから、皆仲良く共存しようというわけにはいかないでしょう。生っている果物が一斉に完熟するのはまれで、ほどよく熟した果物となると数は少ないですから、一緒になれば毎日喧嘩して取り合うしかなく、そうなれば力が強い方が相手を追い出すに決まっています。
 しかし、一時的に好んで共存することがあります。それは、単独生活をしているメスが、好みのオスを迎え入れたときです。
 霊長類に限らず、動物というものは、なぜかしら異性同士が惹かれ合うものなのです。ここで、のちほど何度か登場させますフェロモンの作用について、霊長類学者の知見を交えながら、山下大輔著「男と女はなぜ惹きあうのか フェロモン学入門」(中公新書)から概説しておきましょう。(詳細については、フェロモン仮説=男と女はなぜに惹かれあうのか をご覧ください。)

 フェロモンは、臭気に類似した揮発性の化学物質ですが、無臭です。
 臭気とフェロモンは、別々の嗅覚器官で感知され、各々別の神経回路でもって脳に伝わり、情報処理される場所も異なります。前者は意識分野ですし、後者は無意識分野です。従って、前者は情報の判断を伴い、思考した後に行動を起こしますが、後者は意識の世界に昇って来ることはなく、知らず知らず引き寄せられたり避け合ったりしてしまうのです。
 ヒトの場合は、フェロモンを含んだ汗をほのかに出すアポクリン腺がかなり退化しており、また、フェロモンを嗅ぎ分ける能力も随分と落ちているようで、フェロモンに反応して無意識的に何らかの行動に駆り立てられることはまれのようです。
 でも、霊長類全般には、その能力が十分に備わっていて、彼らもフェロモンを意識することはないのですが、それを嗅ぐことによって強く引かれ合ったり、激しく避け合ったりしてしまうのです。
 フェロモンは何種類かあります。その中で、動物の行動に大きく関与する性フェロモンは、性成熟に伴ってオス・メスともに常時発するようになり、メスが発情すると強く発散するようになります。
 これによって、オスの性衝動の引き金が引かれてペニスが勃起し、メスに強く引き寄せられるのです。オスは、メスの性皮の腫脹などの発情兆候を視覚でもって認識してメスに惹かれるようなことは決してないのです。これは、動物実験で明らかになっています。
 ところが、幼少から一緒に暮らしている異性に対しては、非血縁の関係にあっても性フェロモンの効果が働きにくくなるようで、一般的にオス・メスともに性交を避ける傾向にあります。これは、ヒトにおいても同様で、イスラエルの共同生活体のキブツや台湾の山岳民族の幼児婚などに、その傾向が認められています。
 次に、個体識別フェロモンと呼ばれるものがあって、これは、誕生時から常時発せられ、親子や兄弟姉妹のように血縁が濃い場合はそれが類似していて、これによって相互に安心感が醸し出され、仲間意識を持ってしまうようです。この場合も性フェロモンの効果が働きにくく、初対面であってもオス・メスともに性交を避ける傾向にあります。
 一方、これは大人の場合ですが、個体識別フェロモンに類似性がないと、異性同士が出会った場合には、どれだけかの緊張感を生じさせるものの、性フェロモンの効果が上回って、互いに惹かれ合うことになります。
 ただし、相性というものがあって、特にメスの場合は、個体識別フェロモンに類似性がなければどんなオスでも良いとは決してならず、極端に違うよりは少し似ている場合を好むようです。
 また、これも大人の場合ですが、個体識別フェロモンに類似性がないと、同性や子供に対しては大きな緊張感を生じさせるようで、これが元で毛嫌いしたり排除したくなる感情が湧いてくるようです。これは、オスに顕著に現れるようで、オス同士を戦わせたりしてしまいますし、また、オスに子殺し衝動を起こさせたりします。
 第2章でチンパンジーの子殺しの実態を説明しましたが、メスが乳児を抱えて再移籍した場合が正しくそうです。また、妊娠した状態で群れ渡りした後に産まれた子や、群の縁辺にいて他群のオスとの間にできた子も、同様の憂き目に遭います。加えて、明らかに自群のオスとの間にできた子が殺された例も観察されています。いずれの場合も、個体識別フェロモンのいたずらで、排除したい感情を湧き出させたからに違いありません。
 もう一つ興味ある行動を個体識別フェロモンは取らせます。性成熟した若メスや離乳後のメスは、そのフェロモンが類似しないオスに惹かれるのですが、妊娠してから授乳が終わるまでの子育て期間中は、性フェロモンに反応しなくなるばかりか、オスへの惹かれ方が逆転してしまい、個体識別フェロモンが類似するオスつまり血縁関係にあるオスの側にいることを好むようになります。メスにとって最も重要な子育ては、何よりも安心感が保てる環境が求められますから、自然とこのようになるのでしょう。
 大人メスに特有のこの変化は、ヒトにおいても同様の傾向にあり、フェロモンを嗅ぐ実験によって明らかになっています。
 このように、個人差はあるようですが、ヒトも個体識別フェロモンにどれだけか反応するようでして、初対面の場合に思わぬ緊張をすることがあるのは、意識の世界から生ずる警戒心のみならず、無意識の世界でフェロモンに操られている面もあってのことのようにも思われます。
 3つ目に、排卵期同調フェロモンと呼ばれるものがあります。
 これによって、メスが一斉に発情することになるのですが、この現象は多くの哺乳動物に見られるものの、霊長類においては、のちほど登場しますアカコロブス以外には知られていません。
 ところが、このフェロモンは、ヒトにはちゃんと働いていて、若い女性が共同で生活している場合には排卵期の同調が起きてしまい、「女子寮効果」として知られています。霊長類においても、密集した群を形成し、メスが常時一緒にいる種が多く存在しますから、こうした群においては、ヒトと同様に「女子寮効果」が起きても良さそうなのですが、これが起きていないのは誠にもって不思議なことです。これは、霊長類の群社会においては、オス・メスの性の交わりが非常に重要な営みになっていますから、メスの発情をばらばらにしようとする社会圧とでも言う、何らかの力が働いていると考えるしかありません。
 フェロモンには、これらの他に、母と乳児を繋ぎとめておく絆フェロモンなどがありますが、その説明は省略します。
 いずれにしましても、においもしない、意識の世界に昇ってくることもない、得体の知れないフェロモンに、大なり小なり操られて動物は行動させられているのは確かでして、ヒトもその例外ではなさそうです。

 ここで話を戻し、単独生活しながら果物を主食にしていた昼行性の原猿類のメスが、フェロモンの相性が良いオスを迎え入れて一時的にペアを形成した、その続きを物語ることにしましょう。
 通常であればメスは早々に妊娠するでしょうが、生息数が過密ぎみな上に気候不順で果物の実りが悪い状態にあるときは、メスは栄養不足になっていて直ぐには妊娠しません。でも、ペアを形成していれば、占有している果樹に近付こうとする者を容易に撃退できますし、単独生活者が占有している果樹を奪い取ることもでき、果物を毎日手に入れることができるようになります。こうしたペア生活を続けることによって、メスに栄養が行き渡り、やがて妊娠します。
 メスが妊娠すると、先に述べましたように、フェロモンの働きによって連れ添いのオスに対する興味を失います。メスは単独生活の方が気楽ですから、オスに出て行ってほしいと思うでしょうが、単独では果樹を占有し続けることが困難なことも知っています。そこで、メスは、オスを居候させ、ペアで協力し、次から次へと果樹を占有し続けようとするでしょう。何せ、メスは“花より団子”の性向が強く、そうするに違いないです。
 一方のオスは、何と言っても“団子より花”ですから、妊娠したメスには興味が失せてしまい、出て行きたくなります。しかし、独り身のメスを簡単に探し当てることはできませんし、見つけたとしても別のオスが寄ってきてオス同士が争うしかなく、たとえ勝ったとしてもメスに気に入られるかどうか分かりません。また、既にペアを形成している発情メスに接近でもすれば、連れ添いのオスが必死になって立ち向かってくるでしょうから、引き下がるしかありません。加えて、単独生活をしながら、次から次へと果樹を渡り歩かねばなりませんが、独り身であっては果樹を占有し続けることは容易なことではないです。オスは、このような経験をして、やっと今の連れ添いとペアになれたのでしょうから、これまでの放浪生活の苦労を思うと出て行くことに躊躇し、居候する道を選ぶでしょう。
 そうこうしているうちに、子が乳離れし、連れ添いのメスが発情を始めます。それを他のオスが察知して接近しようものなら、連れ添いのオスは、待ちに待った性交の機会を奪われてなるものかと、余所者を必死になって撃退してしまうでしょう。そして、オスは連れ添いのメスに求愛します。
 そのメスは、連れ添いのオスに対する興味が随分と薄れているでしょうが、近付くオスは全て撃退されますから他にオスを求めようがなく、連れ添いのオスでもって妥協し、発情に伴う“むずがゆさ”を解消してもらうための“孫の手”を求めるしかありません。
 同一ペアでの第2子が誕生した後においては、オスはもう若くはなく、新鮮なメスを求めて出て行こうという気力が萎えてしまい、マンネリ化した居候生活にも段々馴染んできていて、居座る道を選ぶでしょう。

 このようにして、果物志向を強くした種は単独生活に別れを告げて、ペア社会を取るようになったと考えて良いと思われるのです。
 そして、いったんペア社会が定着すると、果樹を巡って隣のペアとは敵対的になり、互いに距離を置くしかなく、没交渉にならざるを得ません。
 また、同一果樹は定期的に実を付けますから、自ずと縄張りができて、縄張り内の果樹を食べ歩くという定住生活になってしまいます。
 ペアのもとで生まれ育ち、性成熟した若オス・若メスはどうするでしょうか。親元から離れて、まだ誰も陣取っていない果樹を探すしかないです。どこかのペアが両性ともに死んでしまって、大きな空白域ができていれば、そこに落ち着くことでしょうし、小さな空白域であっても食べ頃の果樹があれば、そこに当分の間居座るでしょう。
 そして、若メスが発情すれば、独り身の若オスたちが引き寄せられて、その中で気に入った若オスとペアを形成し、必要な縄張りを確保していくことでしょう。あるいは、連れ添いを失って独り身になってしまったオスが近くいれば、そのオスが若メスを引き入れてペアを再構築することもあるでしょうし、その逆の場合もあるでしょう。
 何にしても、若オス・若メスともに、誰かとペアを形成するしかありません。食糧事情が悪い中では、ペアでもって協力して果樹を占有し続けるしか生きていけないからです。

 その後において気候が良くなり、果物が豊かに実を付けるようになって食糧事情が大きく改善されたとしても、単独生活に戻ることはないでしょう。なぜならば、縄張り意識でもって好みの果樹をぺで占有し続けていたのですから、その果樹に食べきれないほどに果物が生ったとしても、他の者が寄り付くことを阻止してしまうからです。
 また、果樹にとって最適な気候になっても、樹木の中で果樹だけが本数を増加させることはなく、単に1本の果樹にたくさん果物を生らせるだけですから、手付かずの果樹はさほど多くなく、ペアが別れ別れになって果樹を占有しようと思ってもそれは不可能です。このように、果物食で縄張りを持つようになったペア社会のその生息数は、食糧の豊かさとあまり相関することなく、果樹の本数によって決まってしまいます。こうしたことから、生息数が大きく変動することはなく、いったんペア社会が定着すると、その社会は安定して維持され続けると思われます。
 その良い例が類人猿の祖先たちではないでしょうか。彼らは、昆虫食を完全に止めてしまい、果物食に特化してしまったに違いありません。
 類人猿は、手が長く、尻尾がないという特徴を持っていますから、そのように思われます。1本の果樹に陣取って果物を食べ続けるとなれば、枝先の果物を採るために手を長くする必要性はあるものの、尻尾は無用の長物で消えてなくなっても不自由しないからです。
 その類人猿は、アフリカからヨーロッパにかけて、2、3000万年前から数百万年前まで大繁栄していました。これは、豊富に果物を実らせる果樹が、広範囲に勢力を保持していたからに違いありません。

 しかしながら、その後、類人猿は急速に姿を消し、かつ、今日の類人猿でペア社会を形成しているのは、東南アジアに住むテナガザルだけになってしまっています。なお、他の霊長類でペア社会を形成しているのは、原猿類しか住んでいないマダガスカル島に多く見られる他は、新世界猿の中にどれだけか見られるものの、旧世界猿においては1例もありません。
 これはどうしてでしょうか。それは、地球を襲った寒冷化とそれに伴う乾燥化によって、アフリカやヨーロッパの大半の地域では、あらゆる果樹がほとんど実を付けなくなり、また、枯れ果ててしまって、主食にできる果物が一気に得られなくなったからと考えるしかありません。
 そうなれば、類人猿は絶滅へ突き進むか、代替食を探し出して生き残るかの二者択一の道を選ぶしかありません。ヨーロッパの類人猿は前者ですし、今日まで生き残っている大型類人猿とヒトの祖先が後者で、食性の変更と併せて生活環境も変わり、その結果、ペア社会が崩壊して今日の社会生態を取るようになったと思われます。
 その点、東南アジアは幸いにも果物が凶作になることはなかったと思われます。なぜならば、寒冷化に伴う海面低下でインドネシアの島々の大半は大陸と陸続きになったものの、それは巨大ではあっても細長い半島に過ぎず、海が近いことと赤道直下という地の利によって多雨気候が維持され、寒冷化と乾燥化の影響をあまり受けることがなかったからです。
 こうして、テナガザルの祖先は、食糧をまずまず安定して確保し続けられたことによって、社会生態を変えることなく、今日に至ることができたと考えて良いと思われます。また、マダガスカル島や中間米の一部地域は、東南アジアと同様の立地条件にありますから、ここも、ペア社会を存続させながら、今日まで生き残ることができたと考えて良いでしょう。
 テナガザルが今日でもペア社会を維持している2つ目の要因として、東南アジアには、天敵がいなかったことが考えられます。
 彼らの祖先が完全な果物食になった頃には、今程度までに体を大きくしていたでしょうから、樹冠であっても乳児以外は猛禽類の標的にならず、安全は確保されます。でも、木に登るヒョウのようなネコ科の猛獣や肉食をする大型類人猿がいたとすると、襲われる危険性が非常に大きくなります。こうした天敵に対処するためには、のちほど何度かにわたって推察しますが、どうしても集団化せねばなりません。彼らが集団化していないのは、幸いにも東南アジアには、こうした天敵がいなかったからでしょう。
 ところで、テナガザルは、いつの頃からは不明ですが、体重が10倍もあるオランウータンと共存するようになりました。
 そのオランウータンは、前に述べましたように、かつては狩猟をしていた状況証拠が複数あり、これは矛盾することになりますが、両者が共存するようになった時点では、オランウータン社会の秩序が安定し、狩猟習慣をほとんど捨ててしまっていたと考えて良いでしょう。
 ただし、両者は共存するといえども、果物を好むという面で競合しますから、主要な果樹は圧倒的に体が大きいオランウータンに占有されてしまって、テナガザルは、止む得終えず若芽や花を主食にせざるを得なくなり、今日の姿に食性を変えてしまったと考えるしかないでしょう。

3 複雄複雌群の誕生
 類人猿は真猿類よりも先に原猿類から進化を果たしたと思われます。類人猿は果物に偏食して体を一回り大きくし、旧世界の熱帯雨林の果樹を独占したことでしょう。そして、依然として夜行性で昆虫食の原猿類と生息域を重ね合わせていたと思われます。
 その原猿類も、何らかの事情で昼間に活動し、植食性にならざるを得なくなったと思われます。しかし、熟した果物を付けている果樹は皆、類人猿によって占拠されてしまっていますから、その体の大きさからしても、そうした樹木に近寄ることはできません。従って、その原猿類は、止むを得ず、テナガザルのように樹木の若芽や花を代用食にしたことでしょう。それに慣れてくれば、若葉そして固い葉までが順次食べられるようになります。こうして、真猿類が登場してきたと思われます。
 コロブス類がそうで、前胃で微生物発酵させて後胃で消化するという、消化器官の大進化を成し遂げたものが現れて繁栄していきます。
 参考までに、旧世界の真猿類はコロブス類(テングザル、ラングーン、コロブスなど)とオナガザル類(ヒヒ、ニホンザルなど)に2分され、後者は食糧を溜め込む頬袋を持ち、胃は類人猿と類似しています。
 コロブス類の猿は前足と後足の長さがほぼ一緒で、立派な尻尾を持っていて、これでもって木の枝の上を歩くときに上手にバランスをとるのです。この進化は樹上での移動が頻繁であった証しです。
 葉を常食するとなると、葉はどの樹木にも年中たっぷりありますから、類人猿以上に1本の木に長居して良さそうに思えるのですが、彼らは決してそうせず、頻繁に木から木へと渡り歩きます。
 これは葉には大きな問題点を抱えているからです。樹木にとって葉は成長する上で食べられては困るものですから、どれにも皆、毒があります。熱帯雨林は様々な種の混合林で、樹木間競争が激しく、どの樹木の葉もその樹木に特有のかなりの毒を持っています。よって、葉食者となった者は同じ樹木の葉を食べ続けるわけにはいかず、少し食べたら別種の樹木に移らねばならないのです。もっとも、葉食者は様々な毒に対して解毒能力を高めてきていて、今ではそれほど問題にはなっていないようですが、頻繁に移動するという習性だけは身に着いてしまっているようです。
 参考までに、大型類人猿も時々葉食をしますが、彼らの解毒能力はヒトより高いものの、コロブス類に比べれば圧倒的に低く、様々な樹木の葉をほんのつまみ食いするだけに止めています。

 さて、コロブス類の祖先は、樹木の若芽や花、これは毒が少ないですから、まずはこれを食べ始めたでしょうが、それらは果物と違って日が良く当る樹冠に集中していますから、当初は体が小さくて大人も猛禽類に襲われたでしょうし、真っ先に子猿がその餌食になります。よって、メスは我が子から目が離せず、絶えず上空を警戒せねばなりません。
 また、当初は解毒能力がなかったでしょうから、頻繁に木から木へと移動を繰り返さねばならず、単独生活していた子連れのメス同士が1本の樹木で一緒に若芽や花を採食することが度々のように生じます。
 でも、つまみ食い程度で済ませねばなりませんから、食の争いは決して起きようがありません。こうなると、子持ちのメスたちは連れ立って木から木へと頻繁に遊動するようになったことでしょう。
 そして、猛禽類が上空を旋回しているのを誰かが発見したら、叫び声をあげて皆に知らせ、子どもを抱き寄せて葉影に隠れるのです。
 こうして、彼女たちは天敵から身を守るために、気ままな単独生活に別れを告げて子連れのメスたちで集団化を進めていったことでしょう。霊長類における初めての群社会の誕生です。

 一方のオスはどうしたでしょうか。
 大人であっても当初は体が小さいですから、単独では猛禽類が恐怖になります。そこで、オスたちは互いに反発し合いながらも、集団化したメスたちのグループに着かず離れずして遊動したでしょう。
 そうすれば、猛禽類の接近は誰かの叫び声でもって察知できますし、また、メスが発情したら直ちに駈け付けて求愛することができます。
 そして、メスが発情を始めればオスたちはこぞって駈け付けますから、必然的にオス同士の争いが生じます。力が一番強い者が求愛の権利を得たでしょうが、他のオスをメス集団から排除しようとしても、1対多数ではそれは不可能です。他のオスも発情メスとの性交を求めて、メス集団に留まるに決まっています。霊長類においては、発情したメスが特定のオスの求愛しか受け入れない種はいませんから、必然的にそうなってしまい、多くのオスに性交機会が生じますし、メスは複数のオスと性交するのです。
 こうして、複雄複雌群が自然とできてしまいます。
 ただし、発情メスがいないときにはメス集団にオスが混ざり込むことはなく、オスはメス集団の縁辺にばらばらにいたり、若オスで集団化したりしたことでしょう。こうした形態は今日でも見られます。

 群の規模は大人のオス・メスがそれぞれ数頭程度の小集団であったと思われます。これだけの数が集まれば猛禽類の危険に対処できることでしょう。また、これ以上に大きな集団に成長すると、採食するにも移動するにも、オス同士の異常接近が恒常化し、ストレスが高まって喧嘩が絶えなくなりますから、群はどれだけか気が合った者同士でグループ化し、自然と分割されることになるでしょう。
 この複雄複雌群は、類人猿のペアが占有している果樹を避けながら、木から木へと頻繁に遊動していきますから、群同士が近接することが度々のように生じます。両群とも、そこら中の樹木の若芽や花をつまみ食いするだけですから、群間での食を巡る争いは生じようがなく、縄張り意識を持つことはありません。
 従って、群同士の近接は友好的になります。ただし、オスたちは、発情メスを奪われまいとして、他の群のオスたちを警戒し、自群の発情メスに近付こうものなら、実力でもって排除するに決まっています。よって、オス同士は混ざり合うまでには至りません。
 こうした出会いの中で性成熟したオス・メスがどういう行動を採るかで、母系か父系に分かれてきます。結論は母系です。
 なぜならば、性衝動はオスに強く現れますから、発情メスがオスに惹かれて動こうとしたときには、既に複数のオスがメスのもとへ集まってしまっているからです。こうして、複雄複雌群は必然的に母系でスタートを切ることになるのです。メスは出自群に残り、メス同士は母娘、姉妹、従姉妹という血縁関係の濃いものになりますから、仲間意識が強まり、子育てにも何かと好都合で、容易には母系社会が崩れることはないでしょう。
 また、大人オスは余所者同士となりますから、大喧嘩して居づらくなれば別の群に渡れば良いですし、また、ヒトリオスになって群からどれだけか離れて遊動したり、そうしたオスたちでグループ化することも可能です。加えて、同じ群に長らくいてその群のメスたちに飽きがきたら、新鮮なメスを求めて別の群に再加入すれば良いです。
 こうして、母系社会はオスの側からも支持されることになります。

 この森林性の猿の社会生態を紹介したいのですが、残念ながら十分な調査がなされていないようで、手元にはたいした文献がなく、これと類似した社会生態を採っていると思われますニホンザルについて説明することとします。ただし、森林性の猿は大半が小集団ですが、ニホンザルは中規模ないし大集団を形成して、内部構造が複雑化していますし、また、好みの木の実などを占有するための縄張りを持っていますから、そうした点で違いがあることをあらかじめお断りしておきます。
 
 ニホンザルの社会においても、当然にして発情メスにオスたちが殺到しますが、オスには明確な順位があって、リーダーにメスへの接近の優先権が与えられますから、リーダーは性交できる機会が最も多くなります。
 しかし、リーダーが求愛しても、発情メスは知らんふりすることがあります。そうなると、リーダーはストーカーになりますが、メスは嫌がって逃げまくるのです。追いかけるリーダーは、メスの首筋に噛み付いたりもしますが、怪我をさせることはまれです。こうした場合には、サブリーダー級のオスが割って入ってそのメスに求愛し、そのオスとリーダーとの間に喧嘩が起こります。そのどさくさに紛れて、メスは逃げ切ってしまいますから、リーダーはそのメスをあきらめざるを得ません。そして、無事逃げおおせたメスは、好みのオスと性交するのです。
 ただし、こうした例は頻発するものではなく、一般的に発情したメスはたいていのオスを受入れ、複数のオスと何回も性交を繰り返します。そして、父系複雄複雌群ともなると、チンパンジーやボノボがそうですが、その傾向がより強くなります。
 なお、こうした性向の差は、フェロモンが原因していると思われます。ニホンザルの場合は母系ですから、オスは様々な群からやって来ていて、個体識別フェロモンがバラエティーに富んでいますので、メスが特定のオスを格別に気に入ったり、そうでなかったりして、選り好みが激しくなりがちです。それに対して、チンパンジーの場合は父系ですから、歴代のオスは全て出自群に留まり続けますので、オスの性染色体(Y染色体)は皆、一致しています。オスの祖先を数世代もさかのぼれば、特定のオスにたどり着いてしまうからです。従って、他の染色体に由来するフェロモンであっても一致する度合いが増し、その群のオスたちの個体識別フェロモンが比較的類似したものになっていますから、メスのオスに対する選り好みがあまり生じないと考えて良いでしょう。

 次に、ニホンザルのオスの出入りについて説明しましょう。
 オスの入れ替わりはメスの発情期に五月雨的に起きます。
 性成熟した若オスは群の縁辺に追いやられますから、性を享受することはできません。そこで、たいていは群落ちします。季節的にメスが発情を始めると、若オスはそれを察知し、性を享受せんとして他の群に侵入していきます。
 こうした新参者は、前からいるオスたちから毛嫌いされて最下位の扱いとなり、群の中心部に入らせてもらえず、容易にはメスに近付けません。腕力と知恵を働かせて順位を上げていくしかないです。順位が上がれば上がるほど群の中心部に近付けますから、メスとの接触機会が高まります。
 群にいるオスたちは、所詮余所者同士ですから、遊び合うことは一切なく、各々が孤独な存在のライバルばかりです。従って、激しく戦って居づらくなったら群れ落ちする逃げ道がありますから、喧嘩が頻発し、順位争いが激烈になります。また、自分の順位を上げるには高順位者を支援した方が簡単ですから、近くで喧嘩が起これば高順位者に味方します。
 こうした形で秩序を守ろうとしますから、必然的に順位は明確なものになってしまいます。また、これによって、オスは自分の身分や居場所をはっきりさせ、無用な争いを避けようとしているようです。
 なお、リーダーがその座を守り通すにはメスの支援なくしては難しいようで、リーダーはメスたちの喧嘩の仲裁に飛び回ったり、子猿の子守をしたり遊び相手をしたりと、何かと忙しい生活を余儀なくされます。
 こうしたこともあって、何年かリーダーを務めたオスはある日忽然と群から姿を消してしまいますし、ナンバー2グループのサブリーダーたちもリーダーに登り詰める前に同様に群から姿を消すことがあります。
 これらの自主的な群れ落ちは、群のメスに飽きがきてしまって新鮮なメスを求めて他の群に渡りたいがためのことです。

 ニホンザルのメスにも明確な順位があります。また、メスにはオスにはない派閥というものがあります。メスたちは、母娘、姉妹、従姉妹という家系をたいてい知っていますから、派閥は必然的に生まれ、容易には崩れるものではなく強固に維持されます。そして、大きな群にあっては派閥にも順位があって、第1位の派閥に属していれば若メスであっても高順位になり、他派閥の首領より上の順位に位置します。
 オスの場合の順位付けは発情メスとの性交を巡って生ずるのですが、メスの場合は食糧の獲得を巡ってのものです。“団子より花”なのか“花より団子”なのかの違いでそうなります。
 メスは愛しい赤ちゃんを餓死させるわけにはいかず、毎日2人分の食糧を確保せねばなりません。不足すれば何とかして必要な分を確保しようと、メス同士で争うことになって、これが元で順位付けが生じてきます。
 そして、低順位のメスは高順位のメスに一喝されるだけで採食場所を明け渡し、無用な争いを避け、秩序を維持しようとするのです。
 でも、群が大きくなると採食場所にメスたちが殺到してしまって、高順位のメスであっても単独では大勢を抑え付けることが不可能となります。そこで、高順位のメスはそれぞれの血縁者でもって集団化を図り、血縁グループで結束して食糧の獲得争いをするようになります。
 ここに派閥が生まれ、派閥間の順位付けも生じてくるのです。そして、第1順位の派閥が好みの採食場所を優先して占有する権利を得て、秩序を維持しようとするのです。
 なお、メス間の争いは食に関するもののほか、子供同士の喧嘩があった場合に自分の子供をかばうために助けに入ることによっても起きます。この場合、喧嘩が長引けば、オスと同様に第三者のメスが上位のメスの味方をして決着させ、秩序が維持されます。

4 1雄複雌群への変換
 次に、母系の1雄複雌群について見てみましょう。森林性の旧世界猿にあっては、けっこう多くの種に見られます。この1雄複雌群はどのようにして生まれたのでしょうか。
 先に母系の複雄複雌群を紹介しましたが、多くの種は複雄複雌群のままで今日に至っています。これは、群の規模が一定以上の大きさを維持してきたからと推察されます。一定規模以上の大きさの群であれば、発情メスが複数いることが多いですから、リーダー以外のオスにも性交機会がけっこう回ってきます。また、オスの頭数が多ければ、発情メスを巡るオス同士の争いの中で、低順位のオスが漁夫の利を得られもします。
 こうして、どのオスもメスを取っ替え引っ替えして複数のメスと性交が可能となりますから、個々のオスにとってみれば実質上は一雄複雌群とも言えます。メスを共有するという妥協ができさえすれば、オスは性の快悦をフルに享受できるからです。
 しかし、小集団の場合にあっては発情メスが1頭しかいないことが多くなります。こうした状態にあってはリーダーが発情メスを独占しがちになります。2番手以下のオスは性交機会が少なくなりますし、低順位のオスは漁夫の利を得ることもまれとなります。
 そうなると、オスは皆、早々にリーダーに登り詰めてハーレムの主となることを目指すしかなくなり、互いに大きく威勢を張り合うようになるでしょうし、また、新たなオスの加入を簡単には許さなくなるでしょう。
 オスが2、3頭に減ってしまうと、リーダーが発情メスを独占し、複雄複雌群の形態をとりながらも実質上は1雄複雌群になってしまいます。
 そして、オス同士の威勢の張り合いは止めどなく続けられ、性的二形性を顕著にし、行き着く末が大人オス1頭の1雄複雌群で、あぶれたオスはヒトリオスになるかオス集団を形成するしかなくなります。
 母系の場合においては、何らかの原因により一定規模以下の小集団を形成することが長期間にわたって続いた種は、このようにして複雄複雌群から1雄複雌群に変換していったのではないかと推察されるのです。

 いったん1複雄複雌群の形成が完成すると、核オスの入れ替わりは事故か病気で死ぬか、乗っ取りのいずれかになってしまいます。
 ここで、母系の1複雄複雌群の一般的な生態を紹介しましょう。
 群で生まれ育った若メスが性成熟して発情を始めても、メスは群に留まりますから、オスの選択のしようがなく、老メスも若メスも群を率いる核オスと性交するしかないです。この場合、メス同士で反発し、特定のメスが核オスを独占しようとするような行動は基本的には見られません。
 次に、群で生まれ育った若オスが性成熟すれば、当然にして核オスによって追い出されます。若オスはオス集団に加入するのが一般的です。そのオス集団を率いる壮年のオスが絶えず乗っ取りを企てます。
 でも、メスの大半がその群の核オスを気に入っていれば、メスが協力して仕掛けてきたオスを追い払うこともあり、乗っ取りは阻止されます。核オスになって間がない場合がそうで、仕掛けるオスたちもこれを良く承知していて、その核オスの腕力がどの程度なのかを探るために挑発するだけで、本格的な闘いは避けます。
 さて、核オスの地位に3年も居座っていると、本格的な乗っ取り攻撃を受けるようになります。メスたちは中立を保ち、仕掛けてきたオスの方が強ければ、そのオスが闘いに勝利してその地位を手に入れます。
 こうして、核オスは短期間で入れ替わることになるのですが、これは、オスが3年もハーレムの主を務めていると代わり映えしないメスばかりでは飽きがくるようですし、メスたちも同様に核オスに飽きてきているようで、それを見計らったように“お前は十分に堪能しただろう。そろそろ俺にもいい思いをさせろ。”と、本格的な乗っ取り攻撃を受けることになるからと思われます。そうなると、核オスは度々の闘いにうんざりして“まだまだ未練があるがこれを機会に別の群の乗っ取りに出かけるか。”と、比較的平穏に政権交代することがあるようです。
 ただし、こうしたケースは核オスがよほど腕力に自信を持っていう場合に限られるようでして、そうでないことが多く、核オスが悪足掻きして死闘が展開される場合が多いようです。
 このようにして、母系の1複雄複雌群は短期間で核オスが入れ替わりますから、生まれ育ったメスが性成熟した頃には、別の核オスに入れ替わっていて近親交配することはありません。

 乗っ取りはオス集団で仕掛け、その前哨戦を1対多数で行なうこともありますが、本戦となると1対1で正々堂々と闘います。
 でも、例外的に最後まで1対多数で闘う種もいます。ハヌマン・ラングーンがそうで、オス集団が野合し、頃合を見計らって1対多数で乗っ取りを企てるのです。多数で殴り込みを掛けるのですから、核オスは簡単に追い出されてしまいます。その後で、乗っ取りグループのオスたちで闘い合って、一番力がある者が勝ち残り、核オスの座を手に入れるのです。その間、壮絶な肉弾戦が展開され、死んだり大怪我することが多いです。
 ハヌマン・ラングーンは、このようにして1複雄複雌群を形成することがあるのですが、この1雄化は異常行動と言って良いでしょう。と言いますのは、これに伴ってメスたちに大きな悲劇をもたらすからです。
 何と、核オスの座に収まったオスは、その群にいる乳児を皆殺しにしてしまうのです。これによって、乳児を殺された雌たちは直ぐにも発情を再開し、核オスの性の享受を早々に全うさせることになるのですが、これはあまりにも悲劇的な出来事でして、このような事態が安定して続いていくとはとても考えられないのです。
 なお、ハヌマン・ラングーンは、通常はオスたちが妥協して複雄複雌群を形成しているのですが、この1雄化による悲劇は、人間の森林開発によって、彼らの生活環境が急速に悪化している一部地域での特殊な出来事であることを申し添えておきます。

5 ヒヒの特殊な社会
 森林性の猿やニホンザルとは大きく社会生態を変えているのがヒヒです。ヒヒはサバンナの草原に適応した進化をし、植食性で満遍なく生えている草の小さな若芽や種を1つ1つ摘まみながらゆっくり遊動しています。従って、縄張りを作ることはありません。また、ネコ科の猛獣の脅威から逃れるために大集団を形成しています。
 ヒヒはゲラダヒヒ科(ゲラダヒヒ1種)とヒヒ科(マントヒヒとサバンナヒヒの2種)に分け、次にサバンナヒヒを数種に分けるのが一般的な分類法です。でも、各種サバンナヒヒ間において自然交雑が幾例も見られ、全て亜種と考える学者もいます。そして、マントヒヒまたはゲラダヒヒとサバンナヒヒとの間でも自然交雑が見られますから、まだ完全には種を分岐させてはおらず、ヒヒは1種と考えても良いくらいです。
 このヒヒが、地域によって社会生態を大きく変えているのです。

① サバンナヒヒ
 サバンナヒヒは大集団の母系複雄複雌群を形成し、ヒヒの原初の社会生態を色濃く残していると思われます。
 霊長類の複雄複雌群は、どの種も皆、乱交社会になってしまうのですが、唯一サバンナヒヒだけは乱交的ではありません。オスは気に入ったメスの後をついて歩き、特定のメスとペアを組みます。ただし、テナガザルのような永久婚ではなく、対偶婚と呼ばれる期間限定のペアの形成です。
 そして、オスたちは“他のオスが既に対偶婚の関係を取っているメスには決して手を出さない”という自制心を働かせて、そうした暗黙の紳士協定のもとで、期間限定とは言え、1穴主義を揺るぎない秩序として築き上げているのですから見上げたものです。
 これをどう解釈したら良いでしょうか。それは、彼らがそうせざるを得ない自然環境に置かれているからと考えるしかありません。
 草原という環境においては、朝から晩まで少しずつゆっくり移動しながら、乾季には小さな草の種を摘まんで口に入れ、雨季にはこれが小さな草の若芽に変わるだけで、年間を通してほとんど一日中食べるのが仕事という生活を繰り返すしかないのです。従って、オスも群全体の動きに合わせて行動するしかなく、ニホンザルやチンパンジーのような“暇だなあ”という生活とは縁遠いものになってしまいます。
 毎日がとりあえずは“花より団子”の生活になってしまい、発情メスを求めてほっつき歩く時間がほとんど見い出せないのです。発情メスも同様に、いや、それ以上に食べるのに忙しく、オスが誘いかけても“今、食事中。その気になれないわ。”と簡単には応じてくれそうにないです。
 そうなると、オスは草の種でも摘まみながら、気に入った発情メスの後を着いていき、メスが動きを止めて振り返ってくれたときに誘いかけができるだけになってしまいます。こうして、オスは自分を気に入ってくれそうなメスのストーカーになるしかなく、どのオスも皆、必然的に対偶婚という1穴主義を取らざるを得なくなってしまったと思われるのです。
 そして、対偶婚の定着に伴って、オスたちの間で、言うなれば“人妻には決して手を出さない”という暗黙の紳士協定が自然発生的に生まれ出て、彼らの社会秩序を維持するための“憲法”となったのでしょう。
 これによって、オス間での諍いが全くなくなったかというと、そうではありません。乳飲み子を抱えたメスは発情しませんから、対偶婚の対象となるメスは圧倒的に不足し、何頭ものオスで1頭の発情メスを巡ってストーカー争いをすることが起きるからです。

② ゲラダヒヒ
 草原という環境に適応し、母系複雄複雌群の対偶婚社会が確立された後において、生活環境の違いにより、地域によって異なった形態の群を作るヒヒが登場してきたと思われます。
 まず、ゲラダヒヒです。ゲラダヒヒは母系1雄複雌群の小集団(ユニット)が幾つも集まった複合群(バンド)を作って行動を共にし、さらに、複数のバンド間で緊密に連携して大集団を形成しています。
 母系小集団の1雄複雌群は森林性の猿に数多く見られ、その群は皆、それぞれ独立した単群ですが、その単群を重層化させているのがゲラダヒヒです。のちほど紹介しますマントヒヒも同様な形態を取りますが、そちらは父系でして様相を異にします。
 群が重層化した大集団の形成は、草原という逃げ場のない環境でネコ科の猛獣に恒常的に襲われるようになったからと思われます。
 ゲラダヒヒの祖先も、その昔は、サバンナヒヒと同様な母系複雄複雌群を形成していたことでしょう。その彼らが生活しているサバンナ地帯にネコ科の猛獣が進出してきて、彼らはその猛獣に頻繁に襲撃されるようになったと考えるしかありません。
 当然にして、オスたちは仲間を守るために果敢に立ち向かったことでしょう。今日においても、ゲラダヒヒのオスは性的二形性を顕著にして体を大きくしていますから、ヒョウ程度の小型の猛獣であれば、何頭かが協力して立ち向かうことによって撃退することさえできます。
 でも、ゲラダヒヒの祖先のオスは今より体が小さかったに違いなく、猛獣に襲われれば命を落とすことが多かったことでしょう。
 猛獣は夜行性ですから深夜は特に警戒せねばならず、熟睡することもできません。オスたちは皆、昼夜緊張を強いられ、死の恐怖におののき、それがためにストレスが溜まりに溜まります。その捌け口としてオスたちは盛んにメスに性交を求めたに違いありません。でも、オスが餌食になって数を減らしているものの、生き残りのオス全員の性需要を満たしてはくれなかったことでしょう。発情メスがあまりにも少ないからです。
 そこで、乳児が死ねばメスは直ぐにも発情を再開することを知っているオスたちですから、対偶婚が叶わないあぶれオスどもは、抱えきれなくなったストレスを暴発させてしまい、子持ちのメスから乳児を奪い取り、子殺しを頻発させたことでしょう。
 そうなると、メスたちは乳児を守るために、互いに信頼できる者同士つまり血縁関係にある母娘、姉妹が寄り集まって密集した小集団を作り、オスどもと対峙するしかないでしょう。ここに、対偶婚社会が崩壊して、母系1雄複雌群のユニットに変換する下地ができます。
 その小集団の中の発情メスと対偶関係を持とうとして、オスたちが接触を繰り返し、1頭のオスがその集団に加入を果たします。
 そのオスは、発情メスと性交可能な間はストレスが解消され、おとなしくしているでしょうが、そのメスが妊娠して発情を止めてしまうと、再びストレスを抑えきれなくなり、間近にいるメスから乳児を奪い取って子殺しに走ったことでしょう。それに止まらず、チンパンジーと同様に子食いを行なった可能性が大きいです。それは、彼らはチンパンジーと同様に肉食習慣を持っていて、ときどき草食動物を狩猟し、むさぼり食うことです。
 このようなあまりに非情で残虐な行為を間近で見せ付けられたメスたちは恐怖に打ち震えます。そして、恐怖のあまり、既に妊娠していたメスたちの多くが流産してしまったに違いありません。

 霊長類がとっている子殺しの防止策として、先に発情の長期化について述べましたが、これは霊長類に特有なもののようでして、哺乳動物に普遍的に見られる子殺し防止策は何と流産なのです。
 メスが妊娠状態にあるときに群のオスが入れ替わったら、直ちに流産させてしまうのです。こうすることによって、メスにとってあまりにも悲劇的な子殺しを未然に防止するのです。
 この方法を採っている霊長類は、ゲラダヒヒ、ただ1種だけです。
 霊長類に限らず哺乳動物の母系1雄複雌群の場合、オスが群の乗っ取りを果たすと、オスは乳児ばかりでなく、妊娠中の子が誕生すればその子も排除したいという強い衝動にかられます。これは、先に述べました個体識別フェロモンのいたずらによるものでしょうが、通常は何らかの形でブレーキが掛かります。
 でも、ゲラダヒヒの祖先においては、強いストレスからオスどもの凶暴性が剥き出しになり、子殺しと子食いの両方に走ったに違いありません。
 こうしたあまりにも悲惨な出来事が繰り返され、これが恒常的に続く中で、ゲラダヒヒのメスは、哺乳動物一般に見られるような、オスの交替に伴って流産するという体質を獲得してしまったことでしょう。
 そうなると、メス集団に入り込んだオスは、発情したメスに引き続いて、次々と流産したメスたちと性をたっぷり享受できますから、その集団に居座り、近寄ろうとするオスたちを徹底的に排除するに決まっています。
 これによって、メスたちは子殺しの憂き目に遭わずに済みますから、そのオスの居座りを支持することになるでしょう。
 こうして、母系1雄複雌群のユニットが出来上がったものと思われます。

 ゲラダヒヒにおいては、メスの流産は今でも体質的に引き継がれていますが、子殺しは滅多に起きない平和な社会を構築しています。
 しかし、乗っ取りを果たしたオスには、まだまだ子殺し衝動が強く残っているように思われます。と言いますのは、ユニットの核オスは、闘いに負けてもそのユニットに居残ることがあるのです。そのオスは当然にして精神的インポの状態に置かれ、屈辱を味わうことになるのですから、何とも理解に苦しむ行動ですが、これは、子供たちや一部のメスの支持があってのことのようで、この支持は子殺しを防止するためのものと考えるしかありません。
 なお、ゲラダヒヒは、今日では、猛獣が寄り付かない崖地付近に移住を果たしていますので、猛獣の餌食になることはないですから、オス・メスの数はほぼ同じで、オスが圧倒的に過剰となっています。
 その打開策として、ゲラダヒヒは奇妙な複雄化をさせています。ユニットには核オスの他にもう1頭のオスつまりセカンドオスがいることが多いのです。核オスは全部のメスと性交できるのですが、セカンドオスは、その中の特定の1頭のメスだけと性交が許されるのです。
 こうして、オスの過剰をかなり解消していると思われます。なお、乗っ取りによって負けたオスがセカンドオスの権利を取得することもあるようで、負けたオスの居残りは、これを期待してのことかもしれません。
 しかし、これによってもオス過剰は解消しませんので、若オスを中心としたオスの小集団が形成され、そのリーダーに壮年のオスが収まります。このオス集団がバンドを越えて広く遊動し、そのリーダーが所々で核オスにちょっかいを出して腕試しをする中で、力が衰えた核オスを探し出し、機会を捉えて乗っ取りを仕掛けるのです。
 ゲラダヒヒは密集した大集団で暮らし、ユニット同士が絶えず接触し合っていますから、発情メスを巡ってのオス同士の諍いが危惧されるのですが、これは見事に防がれています。
 どの核オスも他のユニットのメスには決して誘い掛けをしませんし、また、発情したメスが他のユニットの核オスに浮気心を起こしたとしても無視されます。このようにして、核オス同士は対等なものとして暗黙の紳士協定を結び、秩序を守っているのです。これは、先に述べましたサバンナヒヒの“憲法”がゲラダヒヒにも引き継がれているからと考えられます。
 こうした紳士協定が確立していますから、たとえ浮気心を起こしたメスが一時的にユニットから離れてしまっても、いずれは戻ってきますので、核オスは、メスの行動を特段に制限するものではありません。

③ マントヒヒ
 マントヒヒは、ゲラダヒヒと同様に1雄複雌群のユニットが幾つも集まったバンドを作り、さらに、複数のバンドが連携し、大集団を形成しています。でも、ゲラダヒヒが母系であるのに対し、マントヒヒは父系で、その社会生態は大きく異なっています。
 その違いが生じた原因としては、マントヒヒの祖先の場合もゲラダヒヒの祖先と同様な事情の下に置かれたことでしょうが、マントヒヒの祖先の場合は、ゲラダヒヒの祖先に比べてずっと多くのオスが猛獣の餌食にされてしまい、オスが急激に数を減らしたものと想起されます。
 そうなれば、オス・メスの数のバランスが大きく崩れ、性の需給バランスが整ってしまい、オスたちは皆、争わずして対偶婚が叶ってしまいます。加えて、猛獣の襲撃で逃げ回るメスから乳児が振り落とされて、乳児も犠牲になったことでしょうから、発情メスが過剰な状態になってしまいます。そのメスは、オスが既にペアを形成していても、独り身のオスがいなければ、そのオスに惹かれてしまい、オスは喜んでそのメスを迎え入れます。
 こうして、オスは複数のメスと同時に対偶関係を持つに至り、ごく自然に父系の1雄複雌群のユニットの完成をみたことでしょう。
 その後において、マントヒヒもゲラダヒヒと同様に比較的安全な場所に移住を果たしたのですが、これによってオスが猛獣の餌食になることがなくなり、オスの圧倒的な過剰によって、父系の1雄複雌群ユニットは存立の危機を迎えたことでしょう。
 ユニットに属するメスたちは所詮出自を別にする余所者同士ですから、決して団結することはありません。また、密集して暮らしていれば、メス間での摩擦も生じやすく居づらくもなります。そして、長年連れ添っていれば核オスに飽きがきて、他のオスへの浮気心も起きてくるでしょう。ましてや、独り身のオスは近くに幾らでもいるのですから、核オスがユニットを維持することが難しくなってしまうのは必然です。
 父系1雄複雌群ユニットの制度化が十分に定着していなかったら、サバンナヒヒのような元の複雄複雌群に戻ってしまったことでしょう。
 でも、これが今日まで維持されてきているのですから、核オスは大変な苦労を積んできたに違いありません。現在でもそうですが、核オスはユニットの維持に懸命です。
 メスたちを長く自分の側に引き止めておくためには、まずもって、何としても魅力的な姿形に変身し、それを維持し続けなければなりません。 
 威勢を誇示し続け、1雄複雌群に特有の性的二形性を顕著にしたことは言うまでもありませんが、何と体色まで変えてしまいました。メスは茶色なのですが、オスはオール・シルバー色の目立つ体色を獲得したのです。
 霊長類において、父系1雄複雌群はマントヒヒとゴリラの2種しかいませんが、全身なり背中なりが白髪化するという点で共通しています。ヒトもストレスが溜まると白髪が増えるのですが、彼らオスたちは父系1雄複雌群を維持していくために、かなりのストレスを恒常的に抱え続けているがゆえに、白髪化したのではなかろうかとさえ思えてしまいます。

 いずれにしましても、母系の場合の核オスは、単に腕力があれば当分の間、メスによって安泰な地位が保証されるのですが、父系の場合は大違いで、絶えずメスに魅力を感じさせておかないことにはメスを引き止めておくことができないのです。核オスの魅力が弱まれば、メスに見切りを付けられて他のオスのもとに走られてしまい、群は崩壊してしまうのです。
 父系1雄複雌群が定着した社会においては、核オスの不断の努力によってメスは滅多に浮気しないと思われるのですが、しかし、オスはそれを恐れて他のオスに対して強い警戒心を抱きます。
 密集した大集団で暮らすマントヒヒの場合は、メスの浮気相手がそこら中にいますからなおさらです。ですから、核オスはいったん加入してきたメスを絶対に失いたくないがために、「刈り集め行動」を行なうようになったと思われます。核オスはメスの居場所を絶えず注視し続けて、メスが勝手に大きく離れると飛んで行ってメスを叱り付け、首根っこを噛んでユニット中心部に引きずり戻すのです。メスたちもこれを心得ていて、余程のことがない限り核オスから大きく離れることはありません。
 でも、父系の社会に特有のメスの群れ渡り行動が時には見られます。メスが浮気心を起こして別のユニットの核オスのもとに走ることがあるのです。これが隣接のユニットであったら、核オス同士の間で壮絶な闘いが度々繰り広げられることでしょう。
 しかし、これは防がれます。核オス同士が暗黙の紳士協定を結んでいて、隣接ユニットのメスには決して誘い掛けをすることはなく、また、他のユニットのメスが浮気心を起こして寄ってきてもこれを無視するのです。
 このように、メスの浮気心を封じてメスの群れ渡りをご法度にし、秩序を維持しているのです。これは、ゲラダヒヒと同様に、サバンナヒヒから受け継がれた“憲法”が生きていると考えて良いでしょう。
 複数のユニットが集まった1つのバンドの中では、核オスたちは皆、顔見知りですから、この紳士協定が成り立ち、安心できます。でも、バンド同士も絶えず近接を繰り返していますから、浮気心を起こしたメスが別のバンドに所属する核オスのもとに走ることがあります。こうなると大変です。メスに逃げられた核オスは必死になってメスを探し出し、連れ戻しにかかります。一方、見知らぬメスを迎え入れた核オスは、独り身のオスがメスを略奪しに来たものと勘違いしてしまいます。そこで、核オス同士の壮絶な闘いが始まります。このような事態が発生したときには、第三者の核オスが割って入って元の鞘に収めたりするのです。この仲裁行動もメスの群れ渡りをご法度とする紳士協定に基づくものでしょう。
 こうした紳士協定はほぼ確実に守られているようですから、核オスは嫉妬心を丸出ししてまで「刈り集め行動」をしなくても良いように思われるのですが、残念ながら、メスの浮気相手は他にもいますから如何ともし難いです。それは、性成熟してユニットから離れた若オスです。
 核オスにとって若オスの存在は大変な脅威となり、その昔、父系ユニットが完成した初期の段階では、ゴリラと同様に若オスが少しでも接近すれば激しく追い払ったに違いありません。若オスはたまったものではありません。毎日のように核オスたちに追いかけられ、逃げ回りながら、群の中で長くヒトリオスを続けるしかないからです。群の外へ出た方が気楽でしょうが、猛獣に襲われる危険があって出るに出られません。
 そこで、若オスは恐ろしい妙案を考え付いたのです。これはマントヒヒ社会に定着し切っています。何と、若オスは、乳離れしたメスの幼児を誘拐してきて、形式上のペアを作るのです。これは、将来の自分のユニットの最初の構成員としての先取りですが、これでユニットの体をなし、他の核オスと対等になれます。“自分は既にメスを占有しており、自分が占有するメス以外には決して手を出さない。”と主張できるのです。
 そして、若オスは誘拐してきた幼児を隷属させ、性成熟するのを待ちます。誘拐されたメスの幼児は逃げるのをあきらめて、若オスについて回るようになり、やがて性成熟して発情するようになったら、そのオスと性交するようになるのです。この章の第2節で述べましたフェロモンの働きからすると、異性が長く一緒に生活していれば性交を避ける傾向にあるのですが、マントヒヒはその例外になっています。
 若オス時代に誘拐してきたメスが性成熟した頃には、そのオスもそろそろ風格が出てきて、他のユニットの性成熟した若メスが惹かれて順次集まり、本格的なユニットを形成していくのです。
 このように、マントヒヒの社会は父系であるがゆえに、オスに特有の嫉妬心が極度に高まりを見せ、悲しいかなメスは性的奴隷にされていて、その犠牲のもとにオス社会の秩序が維持されているのです。

6 不思議なアカコロブスの社会生態
 ここまで、森林性の猿の社会生態とヒヒのそれについて、その成り立ちを推察してきましたが、まるで違ったものになっています。
 これは、森林と草原という生活環境の大きな相違により、天敵の脅威の度合いが格段に違うことによると考えて良いでしょう。
 ところで、ヒヒ以外にもサバンナモンキーのようにサバンナに暮らし、絶えず猛獣の脅威に晒されているものが何種類かいます。でも、こうした種の生息域はまだらではありますが樹木があって、猛獣の襲撃から難を逃れ得る環境にありますし、また、群同士が食において競合することもなく、友好的に接触する機会が多いですから、若オスの群れ渡りを可能とし、森林性の猿と同様な母系の単群社会が変わることなく維持されています。
 そうした中で、アフリカの熱帯雨林に住んでいる森林性の猿でありながら、非常に不思議な社会生態をとるものが1種います。それはアカ(赤)コロブスです。ここで、そのアカコロブスを紹介し、その特殊な社会生態の成因を推察することにしましょう。

 アカコロブスは、この章の第3節で取り上げました葉食のコロブス類の1種で、類縁のコロブスたちは母系の複雄複雌群か1雄複雌群で小集団を形成しますが、アカコロブスは唯一父系で、30頭から100頭という中規模ないし大集団の複雄複雌群を形成しています。加えて、アカコロブスは一斉に発情する傾向にあって、旧世界猿では他に例がありません。
 これはどうしたことでしょうか。
 実は、アカコロブスには1つだけ特殊な事情があります。それは、チンパンジーの狩猟対象として盛んに狙われることです。類縁の猿は滅多に狙われず、アカコロブスだけが集中攻撃を受けるのです。
 その原因は、彼らのオスが、体重が3、4倍も大きいチンパンジーに果敢に立ち向かうという、類縁の猿にはない性格が災いしているようです。
 これは、その昔、狩猟習慣を持つ大型類人猿が登場した頃、他の森林性の猿がまだ複雄複雌群から1雄複雌群に変換しておらず、アカコロブスだけが先駆けて1雄複雌群になっていて、核オスが単独で群を守らざるを得ない状態に置かれていたと考えるしかありません。
 さて、母系1雄複雌群の核オスが天敵に襲われて死ぬと、周辺をうろついていたオスが新たな核オスとして迎え入れられます。そして、そのオスも天敵に襲われて直ぐに命を落とす可能性が高く、やがて孤立したメス集団が出てきます。一方のオスは、天敵の襲撃が度重なれば、ヒトリオスが集団化するのは必然で、ここにオス集団が形成されます。
 天敵が脅威となった初期においては、従前の母系1雄複雌群、メス集団、オス集団の3つが混在したことでしょう。なお、人間が急激に脅威となったゴリラ社会に類似した形態が見られます。
 そして、それらの群が接触する中で、小規模な2、3のメス集団が行動を共にするようになり、それにオス集団が合体し、中規模の母系複雄複雌群に再編されていったと思われます。オスには1雄性向があったでしょうが、1雄では直ぐに天敵の餌食になってしまうのに対して、複数のオスで立ち向かえば、撃退は困難であったとしても逃げ切れる可能性が高くなり、オスは複雄で妥協せざるを得なくなったに違いないからです。
 さて、この再編間もない複雄複雌群で生まれ育ったオスが性成熟すると、母系ですから群から出てオス集団に加わります。そのオス集団は、複雄複雌群との合体を試みるでしょうが、その群のオスたちは、そもそも1雄性向が強く、まとまって加入されてはライバルが一気に増えてしまいますから、オス集団は群への接近を拒否され、撃退されてしまいます。
 従って、オス集団で成長したオスは、ヒトリオスになって、どこかの群の周辺をうろつき、加入できる機会をうかがうしかありません。そうしたときに天敵に遭遇したら、ヒトリオスは、その群の中に逃げ込もうとするでしょうが、まだ群の成員として認められていませんから、その群のオスたちが追い払い、ヒトリオスを生け贄にして群を守るでしょう。
 天敵の襲撃が頻繁になると、若オスはこれを何度も見ていますから、出自群から出ようとはしなくなります。若オスは群の縁辺をうろつき、天敵の見張り役をこなすことによって、出自群に置いてもらおうとするでしょう。そして、天敵を発見したら、若オスは叫び声を発し、群の中へ逃げ込みます。逃げ込んでも、全くの余所者とは違いますから、生け贄として差し出されることはないでしょう。なお、当然にして、若オスも他の大人オスと一緒になって天敵に立ち向かったことでしょう。
 若オスは皆、こうした行動を取るようになり、やがて居残りが容認されて、オス・メスともに群れ渡りしなくなります。
 この状態においては、この章の第2節でフェロモンの働きについて説明しましたように、性成熟した若メスにとっては、出自群のオスたちは物心がついて以来の顔見知りばかりですから、性的興味が湧いてきません。
 こうなると、若メスは、群同士が近接したときに、相手の群の中のオスに惹かれて群れ渡りしたくなるでしょうし、その群のオスはこれを大歓迎して招き入れるに決まっています。こうした若メスは両群ともにいますから、自然とメス交換が行なわれるでしょう。

 このようにして、母系から父系に変換したと思われるのです。
 さて、父系に切り替わる混乱期において、悲劇が起きたことでしょう。
 オスたちは、恒常的な天敵の襲来に加え、母系とは違った新たな形での順位争いに神経を使い、また、初めて経験するメスの再移籍に対する嫉妬心と、それに伴う群間の緊張で、今まで以上に強いストレスが蓄積してしまって、それが暴発し、盛んに子殺しに走ったに違いないでしょう。
 その子殺しは、定期的に一斉に行なわれたと考えるしかないです。と言いますのは、一斉に乳飲み子を失ったメスたちは同時発情を繰り返すことになり、これが恒常化すれば、これも第2節のフェロモンの作用について説明しましたように、排卵期の同時性が定着するようになるでしょう。
 そして、メスが一斉に発情することによって、オスの性需要を満たしてオスのストレスを解消してやるとともに、オスをおとなしくさせることができます。また、一斉に発情を止めることによって、オスをしばし沈黙させることができようというものです。そうなれば、オス間におけるメスを巡る諍いが随分と少なくなり、子殺しが防止できましょう。現に、ニホンザルの非発情期には、オス同士の諍いは随分と少なくなっています。
 そして、今日では、彼らは依然としてチンパンジーに捕食されるという恐怖を抱きながらも、平穏な社会を築いています。ただし、まれにではありますが、オスによる子殺しが観察されています。これは、悲しいかな父系社会にあっては避けることができない現象です。
 以上のことは、私の推測によるものですが、アカコロブスがチンパンジーの狙い撃ちを受け、父系社会を形成し、発情期を同調させるという、旧世界の森林性の他の猿にはない、3つもの大きな特徴を併せ持っているのですから、これらの間に密接な関連があって良いと思うのですが、いかがなものでしょうか。

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(本稿の記事は青少年教育上ふさわしくない表現が含まれますので、アダルトサイトでの投稿としました。)
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