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Ⅳ 類人猿の社会生態の変遷

ヒト社会の変遷を霊長類社会から学ぶ

Ⅳ 類人猿の社会生態の変遷

1チンパンジー
 チンパンジーは果物を主食とし、類人猿の祖先に特徴的な食性をずっと引き継いできていると考えられます。従って、チンパンジーの祖先は、その昔、テナガザルと同様にペア社会を形成し、縄張りを持っていたと考えて良いと思われます。
 ゴリラとの分岐年代からして、約700万年前に大河の流れが大きく変わり、チンパンジーが生息する熱帯雨林は地理的に隔離され、その後において、隔離された地域はどれだけかの乾燥化が進んだことでしょう。この段階では、まだペアは維持され、少なくなった果物を補完するために端境期には樹木の若芽や花を食べたことでしょう。
 さらに乾燥化が進み、果樹は河川沿いに帯状に残った川辺林だけになってしまったことでしょう。それでも縄張り意識が強く、果樹をペアで占有し続けた可能性もありますが、そうなると、性成熟した若メスが母親と離れた場所で縄張りを持つことが難しくなります。
 そこで、この段階で、性成熟した若メスが母親のもとに留まるようになったと想定して、その先を考えてみましょう。
 一方の性成熟した若オスは、離れた場所のそうした若メスに惹かれて、その縄張りに入り込み、ペアを組もうとするでしょう。母娘2世代夫婦が同居する形ですが、オス同士は反発し合うものの、母と娘が一緒にいますから、オスは同居することで妥協するしかありません。
 その2世代の同居ペアで生まれ育った子供がメスばかりの場合は、母娘、姉妹の大所帯となり、数の力でもって縄張りを大きく拡張することでしょう。逆に、子供がオスばかりの場合は、やがて集団が消滅せざるを得ません。大ざっぱにシミュレーションしてみますと、数世代の経過でもってメス数頭からなる母系集団が支配的になってきます。
 ここへオスが次々と入り込んでくるのですから、ペア社会は一気に崩壊してしまいます。数頭いるメスはバラバラに発情しますから、発情した1頭のメスのもとに、その集団にいるオスが皆、殺到するからです。
 ペア社会の永久婚というものは、ペア同士が没交渉であって初めて成立するものですから、メスが集団化すればペア社会は崩壊するしかないのです。なお、サバンナヒヒとは食べ物が大きく異なりますから、彼らのような対偶婚社会は成立しようがありません。
 こうして、小集団の母系複雄複雌群が定着してしまったことでしょう。
 乾燥化がさらに進むと、アフリカ大陸の気候は雨季と乾季を繰り返し、乾季の後半には河川の水がほとんどなくなって、川辺林では果物も若芽も花も消失してしまいます。こうなると、もし、この段階までペア社会が続いていたとしても、サバンナへ出かけて代替食糧を探すしかなくなります。すると、猛獣の餌食になるのを恐れて、そのペアのもとで性成熟した子が一緒に行動するようになるでしょう。それでも危険を察知するのは容易ではありませんから、複数のペアが近接して遊動するしかなくなり、ペア社会が崩壊するのは必至です。
 いずれにしても、サバンナへ進出せざるを得なくなった段階では、小集団の母系複雄複雌群が誕生していたことでしょう。
 そして、チンパンジーの祖先は、今日のサバンナ性チンパンジーがそうであるように、疎開林の樹木に実を付ける硬い豆を代替食にしたに違いありません。この食性の変化によって、歯と顎を発達させるとともに消化器官を大きくし、それに併せて体も大きくしていったに違いないです。
 また、地上を歩くことが頻繁になってナックル歩行するようになり、そして、人類水生進化説第5章で推察しましたように、地面に腰を降ろすことが多くなってメスの膣口に泥などが付き、これが元で性皮ができたと考えられますし、それに伴って、オスはペニスを長くしたに違いありません。
 このように、チンパンジーの祖先の生活様式が樹上から半地上に変わることによって個体の形質変化は急ピッチで進んでいったと思われます。
 なお、チンパンジーの進化の過程の化石は一切発見されていませんので、以上のことは推測の域を出ませんが、まず間違いないでしょう。
 サバンナで豆を食べ歩くに当たっては猛獣の脅威に晒され続けますので、小集団がばらばらに遊動していてはあまりにも危険ですから、複数の小集団が相互に連携を取りながら遊動するようになったことでしょう。
 当初は、各々の小集団は果物を巡る縄張り争いが元で敵対的にならざるを得ず、集団間の連携は消極的なものであったでしょうが、疎開林における恒常的な猛獣への警戒を通して、複数の小集団のまとまりごとに友好的な関係ができていったことでしょう。そして、果物に恵まれる時期には、連携している小集団が友好的に混在し、共同採食しながら果樹を渡り歩くようになって、縄張りの合体が起きたと思われます。
 こうして、季節によって小集団が離合集散を繰り返すという、今日のサバンナ性チンパンジーの社会生態に類似した群ができあがったと考えられます。ただし、まだ母系であって父系ではありません。
 当初は小集団同士でオス交換ができたでしょうが、直ぐに群の皆が血縁関係になってしまい、他の群との間でのオス交換に迫られます。
 ところが、小集団が結合してできたこうした中規模の群同士は、依然として果物を巡っての縄張り意識が強かったに違いありません。
 従って、川辺林で果物を食べる季節には、両隣の群とは果物を巡って敵対的に接触せざるを得ませんし、豆を求めて疎開林に出かける季節には、互いに大きく距離を開けたことでしょう。
 こうした状況のもとで、性成熟した若オスはどういう行動を取り得たでしょうか。果物の季節に移籍しようとしても、当然に群の縁辺へ追いやられている若オスは、川辺林において両群相対峙する形で相互侵略を監視する役割を担うしかなく、とても群れ渡りどころではありません。
 従って、若オスは、疎開林を遊動する時期にしか群れ渡りする機会がないでしょう。でも、疎開林では群同士が大きく離れていますから、どこにいるのか分からない群を探しながら歩き回ることは、猛獣の餌食になるだけで、恐ろしくてできません。
 まれに群同士の接近があれば、その群に加入せんとして周辺をうろつくことができたでしょうが、猛獣に襲撃された場合には、その群のメンバーに混ざり込んで木に登って何を逃れようとしても、まだ加入を許されていない状態にありますから、その群のオスたちによって突き落とされ、これ幸いとばかりに猛獣の生け贄にされてしまいます。一人だけ別の木に登り詰めれば難を逃れられるでしょうが、サバンナモンキーのようなすばしっこさはありませんから、緊急時にはそううまくことが運ばないでしょう。
 このようにして、若オスは出自群から出るに出られない状態に置かされます。そうなれば、若メスが群れ渡りするしかなく、父系社会に変換するしかないです。

 果物の季節には、川辺林の縄張りの境界あたりで、隣の群の若オスを度々のように見掛けることになりますから、発情した若メスは、隣の群の若オスに惹かれて簡単に群れ渡りができてしまいます。
 そして、第3章第6節でアカコロブスについて推察したのと同様に、母系から父系に変換する過渡期においては、オスが抱えた強いストレスから子殺しが頻発し、それがためにチンパンジーの祖先のメスは、発情期間を長くすることで乗り切ろうとしたと考えて良いと思われるのです。
 なお、子食いや狩猟の習慣も、このときにオスが身に着けたことでしょう。このような凶暴な習慣は、オスに極度のストレスが溜まりに溜まって、激情を発露せんがために生まれ出たと考えるしかなく、第3章第5節で述べましたように、ゲラダヒヒに狩猟習慣が残っているのと同様に、チンパンジーにもそれが残っていると考えるべきでしょう。
 ただし、同様にして大きな悲劇を伴って父系社会に変換を果たしたと思われますアカコロブスには、これらの習慣はないですし、また、大型類人猿のような「アリ食い」の習慣もありません。これは、アカコロブスの体が小さい分、手頃な狩猟対象となる哺乳動物がおらず、もっぱら激しく子殺しをするだけで、肉食を経験し得なかったからでしょう。
 なお、ゲラダヒヒとヒトに「アリ食い」の習慣がないのは、樹上生活に別れを告げ、指の関節の炎症に神経質にならなくても良くなったからでしょう。もっとも、ゲラダヒヒとヒトには、特別なアリを食べる習慣があるのですが、これは第2章第2節で述べました季節的に一時手に入る肉質たっぷりの幼虫や成虫のアリだけで、肉質がほとんどない固くて消化不能なアリを年間を通して飲み込んでいるわけではないですから、大型類人猿の「アリ食い」習慣とは別の性質のものと考えねばなりません。

 父系社会に変換したチンパンジーの祖先は、季節によって疎開林と川辺林を行ったり来たりし、小集団が離合集散する生活を続ける中で、川辺林または疎開林で他の群と接近したときにメス交換するという、サバンナ性チンパンジーの社会生態を確立したことでしょう。
 その後において、再び地殻変動が起きて大河の流れが大きく変わり、地理的隔離が解けて、チンパンジーの多くは猛獣に滅多に襲われることのない熱帯雨林に戻ることができたと考えられます。
 そうなると、果物が年中得られることとなって大きく遊動する必要がなくなり、乳飲み子を抱えたメスは1本の果樹に陣取って単独生活に近い生活ができるようになります。また、オスたちは独り身のメスたちと性集団を形成することができるようになります。こうして、今日見られるような森林性チンパンジーの社会生態が新たに生まれ出たのではないでしょうか。

2 ゴリラ
 次に、ゴリラの場合ですが、チンパンジーと同様にして、かつ、同時期に別々に地理的に隔離されたと考えるしかありません。
 なお、その後の乾燥化によってペア社会が崩壊し、もっぱら樹上生活する小集団の母系複雄複雌群ができあがったところまでは同じです。
 ところが、ゴリラとチンパンジーの食性は類似するものの、ゴリラは豆ではなく草を代替食にしています。その消化吸収はとても厄介ですから、消化器官、特に大腸を大きくする必要があって、それにより必然的にチンパンジーよりも体が大きくなったと考えられます。
 ゴリラとチンパンジーの代替食が違ったものになったのは、隔離された生息域の地形の違いによると考えるしかありません。
 チンパンジーの生息域は、土地にわずかな傾斜があって多少とも谷を形成し、湿地帯がなかったのに対して、ゴリラの生息域は平坦で川の流れが澱み、湿地帯が発達していたと考えて良いでしょう。
 なお、湿地帯の発生は乾燥化とは基本的に無縁です。大地溝帯の西縁には山脈が連なり、そこで降った雨が大陸を横断する形で大西洋に流れ込んでいますから、大河は年中豊富な水量を維持し続けているからです。
 湿地帯が発達している地域では、乾燥化によって地上の果物が欠乏した場合、わざわざ猛獣と頻繁に遭遇することとなる疎開林に出かける必要はなく、湿地帯と川辺林の間を行ったり来たりするだけで良いです。
 ここにも猛獣はやってきますが、寝る場所は川辺林の樹上に求めればよく、湿地帯においては、ネコ科の猛獣は水を恐れますから、危険を察知したら水域へ逃げ込めば安全です。
 ゴリラの祖先もチンパンジーと同様に、当初は水を嫌ったでしょうが、猛獣の餌食になるか、腰まで水に浸かるか、の二者択一となれば、当然のこと後者を選ぶでしょう。ゴリラが水を恐がらず水遊びが好きなのは、ここに由来しているに違いありません。
 そして、ゴリラの祖先は、湿地帯と川辺林とを往復するに当たっては、やはり地上を歩くしかなく、チンパンジーと同様にナックル歩行するようになります。また、地上に頻繁に腰を降ろすことになったでしょうが、その場所はほとんどが草地や湿地であった可能性が強く、メスの膣口に泥などが付きにくく、性皮が生まれることはなかったのです。よって、オスのペニスは決して長くなることはなかったと考えて良いでしょう。

 さて、体が大きくなっていくと果物や草を食べる量が増えますから、群の規模は縮小傾向になり、こじんまりとした母系複雄複雌群にならざるを得ません。それに伴って、群に発情メスがいたとしても1頭しかいないという状態になってしまったことでしょう。
 こうなると、この母系小集団の群は実質上1雄複雌群に近いものとなってしまい、オスは皆、核オスにならんとして威勢を張り合い、体をどんどん大きくし性的二形性を顕著なものにしていくしかありません。
 なお、群同士は敵対関係にあったと思われます。湿地帯では満遍なく生えている草を食べるだけですから衝突は起きないでしょうが、川辺林では果物を求めて果樹を占有し、縄張りを持つことになるからです。
 母系から父系への転換は、オスが体を大きくした段階で起こり、ネコ科の猛獣の脅威が極度に高まったからとしか考えられません。
 木登りできるヒョウが出没するようになったことでしょう。今日においても、ヒョウがゴリラの唯一の天敵になっていて、核オスが命を落とすことがあります。ゴリラは普段は地表で寝るのですが、何らかの事情で核オスを失うと、皆、木に登って休みますから、この天敵回避の習慣は古来からあったと思われます。従って、寝るときは条件の良い木を選んだことでしょう。オスは随分と体を大きくしていたでしょうから、ゴリラが登れる所まで当然にしてヒョウも登ってこられるからです。
 そして、下段の枝にオスたちが寝る場所を確保し、複数のオスでもってヒョウと対峙し、撃退せんとしたことでしょう。
 この状態で、若オスが他の群に加入しようとしても直ぐには加入させてもらえませんから、その群が休んでいる木の近くにある大きな木にでも登って休むしかないでしょう。そうなると、ヒョウは専ら若オスに狙いを付けて捕食しようとするに決まっています。
 若オスがオス集団を形成していても、他の群に加入しようとするときは一旦ヒトリオスにならざるを得ず、同じことになります。
 こうなると、若オスは他の群に加入しようにも、毎日のようにヒョウに狙い撃ちされる危険に晒されることになりますから、出自群から出るに出られない状態に置かれます。
 これがもとで、母系から父系に変換したと考えるしかありません。
 ゴリラの祖先においても、母系から父系に変換する過渡期においては、子殺しが頻発したことでしょう。と言いますのは、ゴリラは狩猟はしませんが「アリ食い」の習慣は残していますから、過去においては肉食を経験し、狩猟習慣を持っていたに違いないです。そして、狩猟と肉食は、オスの強いストレスを解消せんとするためのものでしょうから、その頃には当然にして子殺しも頻発させていたと考えるしかないです。

 父系の複雄複雌群、と言っても実質上の1雄複雌群が定着した後において、地殻変動によって大河の流れが大きく変わり、地理的隔離が解けて、ゴリラの祖先たちはヒョウに滅多に襲われることのない熱帯雨林に戻ることができたのでしょう。
 そうなると、若オスは単独行動が可能となり、群から出てヒトリオスになって、名実ともに父系1雄複雌群に変わり、現在の群形態が完成したと考えて良いでしょう。
 一方、子持ちのメスたちは、主食が地上や湿地に生えている草になったことによって、樹上生活が取りにくくなり、また、万一猛獣の襲撃に遭ったときには、オスのように巨漢ではないですから単独ではとても太刀打ちできません。こうしたことから、チンパンジーの子持ちのメスが取っているような、散開しての気楽な単独樹上生活に移ることは難しいです。
 従って、彼女たちは身の安全を核オスに委ねるしかなく、地上における密集した集団生活を余儀なくされて今日に至っているのでしょう。
 そして、こうした密集した集団は、縄張り意識を喪失させてしまったと思われます。
 その主な理由は2つ挙げられましょう。
 第1に、縄張りの元になる果樹は所々に散在しているだけですから、他の群の接近が察知できず、囲い込みが難しくなります。
 第2に、群の遊動は核オスが主導権を持っていたでしょうし、核オス同士は反発しますから、他の群の接近を察知したら、目指している方向とは違った方向へ遊動して採食場所を求めるしかなく、これが頻発すれば、狭い範囲での定型的な遊動ルートを持つことが難しくなります。
 こうして、ゴリラの群は遊動域を大きく取らざるを得なくなり、それによって、果樹の占有をあきらめるとともに、幾つもの群が互いに遊動域を大きく重ね合わせるようになり、縄張り意識を失ったことでしょう。

3 弾力的に変化し得る社会形態
 私が以上のとおり推察したチンパンジー及びゴリラの群形態の変遷は、十分にあり得たことと思います。
 チンパンジーとゴリラの分岐は約700万年前ですが、アフリカ大陸の大きな地殻変動は、大地溝帯では1万年に1回程度、大陸中心部で100万年に1回程度はあったと考えて良く、これによって所々で大河の流れが大きく変わったり大地が傾斜したりしたことでしょうから、地理的隔離やその消失、また新たな地理的隔離の発生は、チンパンジーとゴリラの分岐以前、そして分岐以後においても頻発していたと思われます。
 さらに付け加えるならば、私が推察した以上に頻繁に地理的隔離が起きて、チンパンジーとゴリラともに亜種が生じ、さらなる種の分岐が起きようとしたものの、その前に地理的隔離が解消し、亜種間の交雑が起きて、一つの種にまとまってしまった可能性も否定できません。
 そして、その間に個体の形質変化と群の社会形態の変化が同時に起きたでしょうが、それらが融合して今日の姿になったとも考えられるのです。
 現に、ゴリラは地理的隔離され、マウンテン、東ローランド、西ローランド、クロスリバーの4亜種に分かれ、独自の形質をどれだけか表出していますし、群の社会生態にも若干の違いが認められます。
 逆に、霊長類における種の交雑については、アフリカでは前述しましたヒヒの他に、アカオザルとブルーモンキー、クチヒゲザルとアカミミグエノン、モナモンキーとグレイーグエノン、モナモンキーとポゴニアスグエインの間などに見られ、これらの異種間の交雑が今後とも進んでいけば、種が統合されてしまう可能性があります。
 併せて、群の社会形態も種の統合によって変化せざるを得ません。現に、父系1雄複雌群のマントヒヒと母系複雄複雌群のサバンナヒヒが交雑した幾つかの群においては、交雑の程度によって両者の社会生態が複雑に混ざり込んだ不安定な状態にあります。

 ここまで、母系から父系に変換するケースについて幾例か推察してきましたが、逆に父系から母系への変換はあり得るでしょうか。
 マントヒヒとサバンナヒヒとの交雑の仕方によっては、今後あり得るでしょうし、それ以外にも可能性を持ったものがあります。
 まずゴリラ社会です。人間が恐ろしい天敵として一気に出現したからです。近年、内戦などで社会秩序が崩壊した国や地域ではゴリラの密猟が頻発し、高値で取引される大人オスが狙い撃ちにされています。
 核オスを失った群は通常なら崩壊し、メスは他の群やヒトリオスのもとへ群れ渡りするのですが、大人オスがあらかたいなくなってしまっては、メスたちは子供と一緒にまとまって長期間遊動するしかありません。
 そうした中で、生き残りのヒトリオスを迎え入れたケースがありますし、また、群の崩壊に伴って若オスと子供オスがグループ化して成長し、そのオス集団を丸ごとメス集団が迎え入れたケースもあります。
 これが恒常化すれば、“オスは他所からやってくるし、メスは出自集団に留まっているから、オスは皆、出て行くしかない。”と子供たちが学習し、母系社会に変わり得るでしょう。
 内戦の長期化と大人オスだけを狙い撃ちした密猟が続けばそうなるでしょうが、通常、密猟は肉を求めてメスもターゲットにしますら、母系化が定着する前に絶滅してしまうのは必至です。

4 オランウータン
 父系から母系に変わる、もう一つのケースが想起されます。天敵がいない上に、オスたちによるメスを巡る諍いが生じないという、平和な社会が誕生したときで、オランウータンの社会がそうではないでしょうか。
 オランウータンの顕著な性的二形性は、以前は1雄複雌群を形成していたことの表れです。また、オスの体重が100キログラムもありますから、以前はゴリラと同様に草を主食とし、主に地上生活をしていたに違いありません。そうなると、ネコ科の猛獣に襲われる危険性が大きかったことでしょうから、ゴリラと同様に父系に変換していたものと思われます。
 その時期は不明ですが、アフリカ系大型類人猿との分岐が約1400万年前と推定され、その当時ドリオピクス群と総称される類人猿が広くアジアにも住んでいたようですから、オランウータンはその系統の末裔と思われ、案外早い時期に現在の生態に移行していたのかもしれません。
 そして、その後に、ヒョウのような木に登る猛獣がいない東南アジアの熱帯雨林で安心して暮らせるようになったことでしょう。
 そうなると、メスたちはお互いの摩擦を避けるため、森林性のチンパンジーのメスと同様に、果物を求めて散開しての単独樹上生活に入っていったと思われます。体重が同程度ですから、樹上生活に容易に馴染めます。
 これによって、核オスは、密林という環境にあっては支配下のメスの監視が全く不可能になってしまいます。よって、ヒトリオスは核オスに全く察知されることなく、堂々と発情メスに接近できますし、核オスも広く遊動する中で他の群の発情メスにも接近できてしまいます。
 こうして、あっけなく父系の1雄複雌群は崩壊してしまったことでしょう。そして、若メスが性成熟すれば母親から離れるでしょうが、わざわざ母親から遠く離れた所へ出かけて行く必要はなく、母親の近くで単独生活に入るでしょう。ここに、血縁関係にあるメス同士が近隣に定住するようになり、緩いながらも母系集団が形成されてしまいます。
 若オスも性成熟すれば母親から離れ、メスを求めて遊動生活に入るのは必然です。近隣には血縁関係にあるメスしかいませんから、遠く離れた所へ旅立っていき、そこで遊動するようになるでしょう。
 こうして、母系社会に変換してしまったと思われます。

 さて、オランウータンにおいては、発情メスを巡ってのオス同士の諍いは観察されていません。これは、オス同士がゴリラと同様に互いに接近を避け合い、孤独を楽しむという性向によるものではないでしょうか。
 この性向によって、オスが発情メスを察知して接近したものの、すでに他のオスが一時的なカップルを作っていたのであれば距離を置いて待ち続け、そのオスが離れていったらその発情メスに接近する、という行動を取らせていると思われます。メスは特定の数頭のオスと懇意な関係を持っているようですから、このように考えるしかありません。
 ゴリラの核オスが取る採食行動…他のオスが採食を終えて立ち去るまで静かに待つ…が、オランウータンのオスにあっては、発情メスへの接近についても同様な立ち振る舞いを取らせているのでしょう。
 これは、メスの発情期間が1週間から10日間と長いのに対し、オスの滞在日数が通常2~3日であることからそのように考えられますし、また、それを可能にしていると思われるのです。
 ところで、ゴリラのメスの発情期間が2~3日であるのに対し、オランウータンのそれがチンパンジーと同程度に長いのは、オランウータンは過去において父系複雄複雌群であった時代があって、その後に父系1雄複雌群に変わったものの、それが十分に定着する前に群が崩壊してしまったと考えて良いでしょう。それによって、メスは発情期間が短くならず、複数のオスとの関係を維持することが可能になったと思われるのです。
 ついでながら、ゴリラのメスも以前は同様にして長い発情期間を持っていたに違いないでしょうが、1雄複雌群の定着とともに長期発情が不必要となって、正規発情しかしなくなったと考えて良いと思われます。
 さて、ここにも大きな悲劇が過去にあったことが隠されていましょう。オランウータンの発情期間が長いということは、過去に何かあったと考えるしかなく、それは、やはりオランウータン社会が父系化したときにも、子殺しが頻発したと言わざるを得ないでしょう。オランウータンも「アリ食い」をし、まれに小動物の狩猟もしますから、過去において狩猟習慣を持っていたに違いなく、狩猟習慣は子殺しを頻発させていた証しです。
 このように、オランウータンのオスも、過去においてはゴリラやチンパンジーと変わらぬ獰猛性を持っていたものと推測されます。

 しかし、今日のオランウータン社会は、ゴリラやチンパンジーと同様に環境破壊と殺戮の憂き目に遭っているものの、オランウータンのオスは、彼らとは違って決して獰猛性を表出させることはないようです。
 厳しい環境に追いやられていても、子殺しは観察されていませんし、また、発情メスを巡ってのオス同士の諍いも観察されていないのです。
 これは、誠にもって不思議なことです。
 そればかりではありません。
 さきほど紹介しました、オスたちが発情メスとの接触を順番待ちする、という紳士然とした態度は尊敬に値しますし、これは余程の忍耐力がないことには不可能です。加えて、メスが発情中であっても、2~3日で立ち去り、「自分のメスを他のオスに譲る」という崇高な精神でもって「メスはオスの共有財産」と考えているとしか思えない行動を取っているのですから、聖人君子そのものと言えましょう。
 これは、オランウータン社会が母系に変換してから何百万年、ひょっとしたら1千万年以上にもわたって、平和社会を維持し続けたことによって、彼らのオスたちは、そうした揺るぎない「こころ」を獲得してしまっている、としか言いようがないのではないでしょうか。
 彼らは今や絶滅の危機に瀕しているのですが、いかに厳しい環境が今後続こうとも、「思慮深く、おだやかな物腰」の性格を変わることなく維持し続け、平和を愛好する「森の人」として在り続けることでしょう。
 我々は、人よりも格段に崇高な精神を持ち備えた、正に「森の哲学者」と呼ぶにふさわしいオランウータンから、学ぶべきことが多いのではないでしょうか。

 これにて、4章にわたって綴ってまいりました「ヒト社会の変遷を霊長類社会から学ぶ」の論を終わることとします。
 章を進めるに従って仮説に仮説を重ね、推測、推論が多くなって、最終章は単なる物語となってしまいましたが、小生のこの論が、霊長類学を学んでおられる方そして研究者の皆様方の本格的な調査研究の一助になれば幸いです。


(本稿の記事は青少年教育上ふさわしくない表現が含まれますので、アダルトサイトでの投稿としました。)
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