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第1幕 アファール三角地帯での出来事

人類の誕生と犬歯の退化

第1幕 アファール三角地帯での出来事

1 水生生活の始まり
 約500万年前のある日、いつもと変わらぬ静かな熱帯雨林に突如として濁流が押し寄せてみるみる水かさを高め、少々小高くなっていたダナキル地塁は遥か彼方にアフリカ大陸をのぞむ孤島となってしまいました。
 アファール三角地帯で地殻変動が生じて、アデン湾の海水を塞き止めていた山並みが沈下し、海水が一気に流入したのです。
 この間、わずか数日の出来事であったことでしょう。
 そして、これ以降、1日に2回潮の満ち干が生じ、絶えず波打つようになって、海岸縁や河口付近の樹木は枯れ果ててしまい、地肌を露にして土砂流出を起こし、やがて干潟が生まれたことでしょう。
 その植生がマングローブなどに変わるのには千年単位の時間の経過を待たねばなりません。塩水に強い植物の種がアデン湾から流れ着くなり、島に渡ってくる海鳥の糞によって、その種が蒔かれないことには、そうした植生は生まれでないからです。
 海岸近くの低地や河口付近は満潮時に海水が入り込み、下層は海水、上層は淡水という汽水域が生まれます。ここの植生も同様にアデン湾からの種を待たねばなりません。
 なお、ダナキル地塁は緩やかな傾斜を持った平らな地形のようですから、こうした汽水域は島の奥深くまで広がったことでしょうし、併せて、さらにその奥部は淡水の湿地帯が広がりを見せたことでしょう。
 そして、汽水域であっても奥深い所は淡水に近い状態が維持されて、そこでは従前からあった水生植物が直ぐにも繁茂し始めます。
 いずれにしても、1万年も経てばダナキル地塁はすっかり常夏の島としての様相を整えるに至ったことでしょう。

 さて、この地に住んでいたゴリラの祖先とチンパンジーの祖先はどうなったでしょうか。低地に住んでいた者は濁流にのまれ、皆、溺死したでしょうが、運良くダナキル地塁を生息域にしていた者は、突如として出現した見たこともない海に仰天したに違いありません。
 最初は海が恐ろしくて決して海岸に近付きはしなかったでしょうが、時が経ち世代交代すれば、これが当たり前の風景になってしまい、海を恐れなくなります。でも、あまりにも異質な環境ですから、容易には馴染むことができず、ただ眺めるしかなかったに違いありません。
 しかし、遊動範囲を汽水域まで広げることができたと思われます。そして、それに伴って食性と行動様式に大きな変化が生じたことでしょう。
 ゴリラは水を恐れず、湿地帯の水生植物を好んで食べていますから、ゴリラの祖先も同様に、まずは大きく広がった湿地帯に入り込み、淡水性水生植物も食べるようになり、その後、新たに生じた汽水域に繁茂する水生植物も食べるようになったことでしょう。
 そうなると、満ち潮ともなれば採食中に水位がぐんぐん上昇し、一気に水に親しむ度合いが大きくなります。こうして、ゴリラの祖先はいとも簡単に直立二足歩行する水生ゴリラ、つまり頑丈型猿人への進化の歩みを始めてしまったに違いありません。
 一方、チンパンジーの祖先は現生チンパンジーと同様に水を嫌ったでしょうから、湿地帯の縁までしか行けません。潮が満ちてくると後退りするしかなく、湿地帯はゴリラ専用の餌場であって我々が食糧を求める場所ではないと考えたことでしょう。
 その後数千年もすると、汽水域の湿地帯にマングローブなどの樹林帯ができ始めます。すると、チンパンジーの祖先がその樹木にやってくるようになります。そして、引き潮のときに歩いていって木に登ったものの、帰ろうとしたら満ち潮になってしまい、腰まで水に浸からないと戻れなくなるという事態が発生します。大人はこんな馬鹿なことはしませんが、好奇心旺盛な子供オスならやってしまいます。
 こうして、テングザル(マングローブの林に住み、水生環境に馴染んで、どれだけか直立歩行する。)と同様に水を嫌わないチンパンジーの祖先の群が出現したことでしょう。でも、大半の群は陸地だけの生活で、水を嫌い続ける状態がずっと続いたと思われます。

 そこで起きたのが新たな自然環境の変化です。広大なアフリカの熱帯雨林の北辺、つまりダナキル島辺りで乾燥化が始ったのです。
 チンパンジーが主食とする果物だけでなく、代替食糧の若芽や花も乏しくなります。サバンナ性チンパンジーが代替食糧にしている潅木に生る豆が手に入れば良いのですが、残念ながら、その種つまり豆は、この島には運ばれようがありません。大陸から島へ渡ってくる鳥がそれを食べたとしても、排便される前に消化されてしまうからです。
 従って、陸地で得られる食糧は極めて貧弱になり、得られる食糧は湿地帯とその周辺に限られてしまいます。直ぐには食性を変えられませんから、生息数は減り、やがて島の奥地に縄張りを持つ群は消滅し、残った群は湿地帯とその周辺を縄張りに持つ群だけになってしまいます。
 その湿地帯も乾燥化によって狭まりますが、汽水域は存続し、水生植物が豊富に繁茂していたことでしょうから、ゴリラと同様に、これを主食にせざるを得なくなります。このことは、水生環境にある程度馴染んでいるボノボ(チンパンジーの近種)が、果物の端境期には水生植物を代替食糧にしていることからも確かなことです。
 こうして、ゴリラの祖先にどれだけか遅れはしたものの、チンパンジーの祖先も生活の本拠を水縁に置くことになります。ゴリラの祖先とチンパンジーの祖先が共存することになったのですが、今日、両者が共存している地域がありますし、ゴリラは縄張りを持たず、譲る心を持っていますから、当時のゴリラも同様であったと思われ、チンパンジーの祖先はすんなりと入っていけたに違いありません。
 こうした状態が安定して延々と続いていったと考えられます。そして、チンパンジーの祖先も水生生活に順々に馴染んでいき、間もなくして少しばかり背筋が伸びたボノボと同じ骨格になったことでしょう。
 さらに水生生活に馴染むことによって、ゴリラの祖先と同様に、チンパンジーの祖先は直立二足歩行する水生チンパンジーつまり華奢型猿人への進化の歩みを始めることになります。
 この進化は万年単位ではあったでしょうが、かなり急ピッチで進んだものと思われます。潮の満ち干がそうさせたに違いありません。
 大人は水かさが上がって腰まで水に浸かれば陸に上がろうするでしょうが、母親に付いて行った子供はそのとき既に首まで水に浸かっていますから、背伸びして直立姿勢を強いられますし、また、採食後もその姿勢で水遊びし、そして体を一直線にして泳ぐようにもなるからです。
 ですから、潮の満ち干が激しい汽水域を生活の根拠地とし、毎日たっぷり水に浸かっていれば、成長したときには「ウォルフの法則」(人類水生進化説第2章「2 直立二足歩行は地球の重力の作用で起きる」の節で解説)によって、直立二足歩行に適した骨格が1代にして完成してしまうことすら有り得るのです。もっとも、いきなりこうした生活には入らなかったでしょうが、段々と質の高い水生生活へと歩を進め、ヒトとしての形質を順次整えていったことでしょう。

2 ついに性交不能に陥る
 この体型変化が進むにつれて、人類水生進化説第5章で詳述しましたように、性交しても膣の性感帯=Gスポットへの的確な刺激ができす、メスがオルガスムを得られないという、大きな不都合が生じました。
 それを概説しましょう。
 体型変化の初期においては、膣口の腹側への移動に伴い、チンパンジー並みの8センチメートルしかなかったペニスを、ボノボと同様にして15センチメートルへと長大化させ、メスを満足させたと思われます。さらに体型変化が進むと、再びメスが満たされなくなり、オスは自らの手でペニスの芯の陰茎骨を叩き折って充血させ、さらには複雑骨折させるという涙ぐましい努力をし、ついに陰茎骨を消失させて霊長類随一の巨根のペニスを獲得するに至ります。そして、膣の湾曲に適合した体位つまり対面位での性交しか採らなくなります。これによって、当面はメスを満足させることができたでしょうが、体型変化の終盤においては、背側に位置していたメスの膣口がとうとう腹側に移動し切ってしまい、それに伴って膣の湾曲が顕著になって、巨根に成長させたペニスでもってしても、Gスポットへの的確な刺激ができなくなり、メスはオルガスムが得られなくなったことでしょう。こうなると、オスは満足できてもメスは満たされません。すると、メスは発情によって生ずる“むずがゆさ”に耐性ができて、その“むずがゆさ”をだんだん感じなくなり、とうとう発情が消えてしまったのです。このようにして、進化途上のヒトの祖先は、その体型変化に伴って性交機能不全に陥ってしまったと考えられるのです。

 さて、この危機的状況下において、進化途上のヒトの祖先のオス・メスはどう行動したのでしょうか。
 メスの発情が消失して性交衝動が誘起されなくなっていたとしても、排卵期の2~3日前からは性フェロモンが顕著に発せられ、オス・メスが互いに惹かれ合うという状態は生じます。(これ以降、フェロモンに関することが多くなりますが、その働きの詳細については、フェロモン仮説=男と女はなぜに惹かれ合うのか をご覧ください。)
 そのフェロモンは、アポクリン腺が退化途上にありましたから、強烈ではなかったでしょうが十分に効果があったものと思われます。水生環境においては、アポクリン腺から汗が出ることはありませんし、また、フェロモンは水に溶けてしまって感知できませんが、希少となった果物を求めて陸を歩き回れば、当地は熱帯ですので、アポクリン腺から汗が出続け、性フェロモンが蒸散するからです。 
 なお、今日のヒトは、そのフェロモンを感知する嗅覚器官を随分と退化させていますが、当時はまだけっこう機能していたことでしょうから、それを感知することは十分に可能であったと思われます。
 排卵期に差しかかったメスは、無意識的に…これがフェロモンの特性ですが…反応し、なぜかオスに惹かれます。オスは喜んでそのメスにプロポーズします。なお、霊長類においては、オスは性交するに当たり必ず何らかのプロポーズをし、どれだけかの簡単な前戯を行います。これは、種によって、また、地域によって違いがありますが、定められた手順による一連の行為が定着していて、一つの礼儀作法文化になっています。
 当時のヒトの祖先の場合、どのようにしてプロポーズしたのかは定かではありませんが、きっと、オスが差し伸べた手にメスが触れてくれれば交渉は成立したことでしょう。そして、前戯として、肩に手をかけ、顔をゆっくりと近付け、唇と唇をくっつけ合ったことでしょう。なぜに、キスという前戯を取るようになったのかはのちほど説明します。
 こうした一連の行為を済ませた後、オスは頃合を見計らって性交を求めます。でも、発情しなくなっていれば、膣を潤す分泌液が出なくなっていたでしょうから、巨根に進化したペニスをいきなり膣に挿入されでもすれば痛いだけで、メスは性交を拒否するでしょう。また、膣を潤す分泌液が出ていたとしても、発情の喪失に伴って性皮(膣口の回りがピンク色に腫れあがったもの)が消失途上にあったでしょうから、膣口から漏れ出した分泌物に草の種などが付着し、その状態でペニスを挿入されたら、それらで膣粘膜が擦られて激しく痛みます。メスにとって痛みを上回る快悦が得られるのであれば我慢もできましょうが、それが得られなくなっていたのですから、性交を拒否するのは必然です。
 メスは、こうした経験から、オスが性交を求める段になると腰を引いてしまって、オスの求めには応じなくなったことでしょう。それでもオスがしつこく求めるようであれば、メスは逃げ出してしまいます。
 こうして、どのオスも性交を拒否されるようになってしまいます。メスは近寄ってくるものの、いざという段になると肘鉄を食わされるのです。

 オスたちは皆、沈思黙考します。
 “なんとかしてペニスを膣に挿入し、ピストン運動させて射精し、オルガスムの快悦を楽しみたい。この最大の目的をどうしたら達成できるか。”
 来る日も来る日も如何にしたら成功が叶うか、ひたすらそれを考え続けたことでしょう。石に腰をおろし、頬に手を当て続けるロダンの“考える人”そのものです。現代人においても、特に男は、難題を解決するために思案を続ける場合はそうします。そして、何かアイデアが浮かび、“あっ、これはいい。いや、それは駄目だ。じゃあ、こうしたらどうだろう。”と、思いが巡り巡ったときには、頬に当てた手が顎に行き、口に行き、そして、そこを繰り返し擦ります。これが癖になります。
 オスたちは暇を持て余していますから、毎日、何時間も頻繁にこれを繰り返したのではないでしょうか。そうすると、擦られた部分は圧迫刺激を受けて毛根が活性化し、ヒゲが生え、そして伸びようというものです。
 こうして、頬髯、顎鬚、口髭が成長し出し、ついに、その形質が獲得されるに至ったと思われるのです。
 以上のことは、人類水生進化説第4章第2節⑤「体毛の再生産の努力」の見解と同様に、全て私見ですが、ヒゲが念じて生えるなどということは決してないですから、十分に有り得たことではないでしょうか。
 なお、当時の進化途上のヒトの祖先は、水生生活に十分に馴染むことによって、“裸の猿”になっていたでしょうが、チンパンジーも頬髯や顎鬚を持っていますから、まずはそれが先に復活し、遅れて彼らには少ない口髭が生えたことでしょう。
 さて、この段階においては、オスたちがいくら思索を巡らし続けたところで、残念ながら、メスが性交を許してくれるような良きアイデアが浮かぶことはなかったと考えるしかありません。その方法を発見し得たのは、のちほど第3幕第5節で述べますが、ヒトの祖先が再び陸の生活に戻り、芋を食べるようになった後に「芋洗い文化」を持ったことにより、それがヒントになったと考えるしかないでしょう。

 ところで、メスは近付けど性交が叶わなくなってしまったオスたちは、何とも自制できなくなって、無理やり強姦に走ったでしょうか。
 たしかに、オランウータンの若オスには、ヒト社会の変遷を霊長類社会から学ぶ Ⅰ 類人猿の性生活と社会生態 3 オランウータンの項で紹介しましたように、まれに強姦が見られます。これは、若オスと言えども体格がメスの約2倍もありますし、また、単独生活という特殊性によるところが大きく、そして学習効果が生まれにくい育児環境にあるからです。
 しかし、当時の進化途上のヒトの祖先の場合、これはなかったと思われます。万一、オスがかような行為に及んだとすると、被害に遭ったメスが泣き叫び、群の全部のメスに知れ渡ってしまい、そのオスとの接触を皆が避けるに決まっています。たった一度の強姦でメスたち全員から嫌われ、それ以降メスとの付き合いが断たれてしまいますから、他のオスたちはこれを学習し、強姦はしなくなるでしょう。
 いずれにしましても、群社会を形成する霊長類にあっては、オスがメスの了承を得ずして性交にいたる種は皆無なのです。
 そもそも霊長類の群社会における性交というものは、オス・メスが互いに濃密な体の接触を許し合うことにより、相互に信頼し、安心できる仲間としての絆を作り上げるという、大きな役割を担っています。その絆づくりを促進させる「飴」として、両性にオルガスムという快悦が与えられるのです。また、その快悦を味わうことにより、両性ともに、高ぶった精神が安定し、安堵感が得られ、リラックスした気分になれるという、大きなおまけが付いてくるのです。そして、このおまけによって、両性間において、よりいっそう信頼と安心感が育まれ、絆が深まっていくのです。
 このように、霊長類の群社会においては、性交の第一の目的がオス・メス間の絆づくりにありますから、決して強姦に走ることはないのです。また、彼らの社会においては、性交は秘め事ではなく、真っ昼間に大衆の面前で堂々と行われますし、また、求愛から性交に至る一連の行為の様を子供時代から度々目にしていますから、大人のオス・メス間の絆づくりの在り方を十分に学習できていて、いきなり性交するに及ぶなどということは、思ってもみないからです。

3 新たな形の生殖行為
 進化途上のヒトの祖先のオスたちが、累代に渡って思案を重ねたものの、残念ながら、性交を叶えさせてもらえる方策を見い出すことはできず、歳月はいたずらに経っていき、とうとう彼らは皆、性交させてもらえなくなったに違いありません。そして、子供たちは皆、性交という行為を学習する機会が得られなくなり、よって、性交という行為そのものの存在が、彼らの知識から完全に消えていってしまったことでしょう。
 それはおかしい、生殖行為は本能的なもので、反射的に行われるものである、と反論される方がお見えでしょうが、少なくとも大型類人猿にあっては、幼い頃から隔離された環境で性成熟してしまったオスは、発情したメスと一緒にされても、全く性交しようとはしません。
 彼らは、性交のみならず、これに付随するプロポーズと前戯の仕方も含め、これら一切が学習によらなければ全くできないのです。
 人においてもそうで、ヨーロッパの中世にあっては、全く性教育されなかったカップルは性交することを知らず、何もしないで子の誕生を願ったという記録が残っています。
 これでは種が瞬時に途絶えてしまいますが、決してそうはなりませんでした。ちゃんと精液が膣に入ったのです。そう考えるしかありません。
 これは、大半の種がペニスを持ち備えていない爬虫類や鳥類が行っている生殖方法を、進化途上のヒトの祖先が知らず知らずのうちに採ってしまったからでしょう。鳥類の場合は、オスがメスにじらされ続けて、我慢の限界に到達したときになって、やっとメスが接触を許し、オスの生殖口からメスの生殖口へ一瞬にして実に正確に精液が受け渡されます。
 進化途上のヒトの祖先の場合、性交の知識を失っているものの、互いに体の接触を許し合うことによって、両性の絆を作り上げたいという気持ちは依然として存在していたはずです。
 例えば、オスが接触の誘いかけをし、メスが応じてくれれば、抱擁することによって体を密着させることができます。これを立ったまま行えば、ペニスの亀頭がメスの下腹部に必ず接触します。これを1日に何度か行って、さらに翌日以降も繰り返すとなれば、いずれは溜まりに溜まった精液がためにペニスは自然と勃起し、メスの下腹部への一瞬の接触で持って、オスは勝手に精液をほと走らせてしまいます。
 ただし、生殖という観点からは、実に正確さに欠けます。膣口から離れた所に射精されては意味がないです。水生生活に馴染み、直立二足歩行が完成に近付くに従って、現生人類並みに膣口は奥まってしまし、大陰唇で隠されるようになってきていたでしょうから、なおさらです。
 しかし、何回かの接触のうちで、たまたまうまく膣口なり、その直ぐ上に射精された場合には、膣に精液がどれだけかは入り込みます。
 こうして、性交に至らなくてもメスはめでたく懐妊し、人類は絶滅から免れたと考えて良いと思われるのです。
 哺乳動物では例がない生殖方法ですが、脊椎動物全体からみれば、ごく一般的な方法でして、精子の遊動能力からすれば、膣口への射精であってもメスを妊娠させることができるからです。

 進化途上のヒト社会は、チンパンジー社会と同様に父系の複雄複雌群であったと思われ、オスは一生、群から出ることはなく、隣接群から性成熟した若メスが自主的に群れ渡りしてきたと考えて良いでしょう。
 この時代は潜水などの質の高い水生生活には程遠い状態にありましたから、まだ口呼吸ができず、従って、言葉が喋れなかったのは確かです。そして、性交の概念も失っています。
 よって、群渡りしてきたメスは、気に入ったオスとまずはキスと抱擁をした後、せいぜい鼻声を時々発するだけで、単に体を寄せ合っていただけのことでしょう。これも長い時間は続けられなかったと思われます。他のオスたちも皆、当然にして近付いてくるでしょうから、彼らとの間にも信頼関係を築くために順々に同様な接触行為を取ったことでしょう。
 日にちが経つにつれ頻度は落ちるでしょうが、毎日こうした行為が何回にもわたって繰り返されたに違いありません。
 そして、当分の間、オスたちは群に既にいるメスたちよりも、新入りのメスとの接触行為を多く取ったのも当然のことでしょう。
 そうした毎日の中で、たまには希少な果物を求め、群の皆が揃って出かけることがあります。オスたちが、新入りのメスとは当然のことながら、他のメスたちにも盛んに体の接触を求めるのはこうしたときです。
 メスたちも進んでそれに応じます。
 これは、先に述べましたように、陸を歩き回っていればアポクリン腺から汗が出ますから、性フェロモンが蒸散し、それによってオス・メスが惹かれ合うことになってしまうからです。
 そして、たっぷり汗をかきつつ歩き回っていれば、いずれは果物が生っている果樹を発見することでしょう。
 チンパンジーは、熟した果物が鈴生りに生っている果樹を発見すると、歓喜の叫び声をあげて、同性、異性を問わず誰彼となく盛んに抱き合いますから、進化途上のヒトの祖先も同様な行動に出たことでしょう。つまり、不特定の相手との接触行為が頻繁に繰り広げられるのです。

 こうして、新入りのメスを迎え入れたとき、また、歩き回っているとき、そして果樹にたどり着いたとき、そうしたときに、オスの誰かがメスの誰かの下腹部に…場合によってはオスの誰かの下腹部に…、偶然に射精してしまうことがあったでしょう。そして、排卵期を迎えたメスの膣口なり、その直ぐ上に射精されれば妊娠が可能となります。
 このときのオスの射精は、不特定のメスとの間で何回もの接触行為が繰り返された後に、偶然性を伴って生じますから、格別に気に入っている特定のメスとの接触行為をしたときに意識的に射精しようと思っても、それは不可能です。また、それが偶然にできたとしても、それによって相手のメスが喜ぶものでもないです。加えて、相手が誰であれ…それがオスの場合も含めて…、射精時に生ずる快感に差があるとは思えません。
 従って、接触射精は、射精に至ったオスを単に自己満足させるだけになります。また、一瞬の接触だけではまことに不満足な射精になってしまい、まだマスタベーションの方が気持ちがいいかもしれません。
 ひょっとしたら、現代人の男たちの誰もが行うマスタベーションの起源は、ここにあったのかもしれません。
 状況は異なりますが、霊長類においてもオスのマスタベーション行動が幾つもの種で度々観察されています。その一般例は、低位のオスが発情メスと性交寸前の状態になっているところへ、上位のオスが割り込んでそのメスと性交を始めると、メスを奪われてしまった低位のオスはたまらずペニスの先端を握り締めて射精してしまう、というものです。
 進化途上のヒトの祖先のオスの場合には、このようなことは有り得ませんが、これまた現代人の男たちの誰もが経験している夢精と同様に、こうした形で自ら射精してしまうことはあったでしょう。
 さらには、ボノボのオスがまれに行う“チャンバラ”(木の枝にぶら下がり、互いのペニスを接触させる行為)と同様なホモ行為を、オス同士で意識的に行って射精してしまうことがあったかもしれません。
 いずれにしましても、オスは不満足な射精を繰り返すしかなくなってしまったことは間違いありません。でも、世代を重ねるに従って、これが普通になってしまい、オスは何らかの一瞬の接触射精だけで十分に満足するようになってしまったことでしょう。
 このような接触射精が定着してくると、オスにとって射精とは何なのかについては、次のように認識するしかなくなります。
 
 何日も射精しない状態が続くと、自然にペニスが勃起するようになり、ペニスの亀頭への何らかの軽い接触でもって突如として大きな快感が訪れる。それと同時に、得体の知れない液体がペニスから滴り落ちる。そのときの快感は、度合いの違いはあれど、出口を同じくする小便が溜まりに溜まって排尿したときに感ずる快感と同類のものである。また、何日も便秘し、まとめて排便できたときの快感も同様である。よって、この液体は第三の排泄物に過ぎない。これは、オスが大人に成長した後に味わう、オスに特有の生理現象だ。

 なお、西原克成氏がその著「内臓が生みだす心」(NHKブックス)の中で、生物発生学の見地から精液について述べておられ、それを要約すると、「精液と尿は、生命体にとっては完全に等価で、精液は単なる過栄養の排泄、尿は単なる代謝物の排泄で、排泄には無上の悦びを伴う。」ということでして、上述しました素朴な理解の仕方と同じことになります。
 また、進化途上のヒトの祖先は、精液が生殖と関係するなどということは、想像だにしなかったのも確かなことです。それを知ったのはずっと先のことと思われ、これは第5幕で論述することにします。

4 ヒトの挨拶行為の変化
 (このことについては、既に当ブログの「 初期人類の挨拶行為はハグ&キスであった 」で投稿済みですが、元になる論文はこの節です。既にお読みいただいた方にはかなりの部分が重複し恐縮に存じますが今しばらくお付き合いください。)

 ヒトが性交をしなくなると、群社会の在り方に大きな変化が生ずるのは必然です。なお、この段階に達すると、「進化途上のヒトの祖先」という表現はふさわしくないですから、単に「ヒト」または「ヒトの祖先」と言うことにします。
 霊長類の群社会における性交は、第2節で述べましたように、群の仲間として両性間の絆を作り上げることが第1の目的になっていますから、性交は挨拶行為の一種として位置付けられましょう。
 霊長類の挨拶行為のうち主要なものは、体の一部に触ることを許したり、互いに体を触れ合うというものが圧倒的に多いです。
 これは、母子間の接触に端を発しているものと考えられます。
 子は母親に抱きつき、口で乳首をくわえます。一方の母親は、子を優しく抱き抱え、体に付いているゴミやノミを手や口で取ってやります。
 これが母子間に止まらず、成長した後の同性間、異性間においても、互いの信頼や安心感を得るために、どれだけかの意味合いや形を変えて、抱擁、キス、毛づくろいの3種類の方法が取られるようになり、必然的にこれらが挨拶行為の中心になったのでしょう。
 そして、性交も体の接触を通して行われ、異性間に互いの信頼や安心感を得るためのものでもありますから、挨拶行為として位置付けて良いのです。特に、ボノボにあっては、明らかにごく普通の挨拶行為の一種になってしまっています。
 霊長類の種によって、この4種類の挨拶行為のうち、どれを主に採択するのかが大きく違ってきます。
 ニホンザルは毛づくろいが卓越し、チンパンジーではこの4種類が状況に応じて使い分けられるのですが、ボノボの場合には性交が主となり、それと同等の“ホカホカ”(メス同士が性皮を擦り合わせ、そのときクリトリスも擦り合わせる)というレスビアン行為が多くなって、毛づくろいが少なくなります。

 さて、この時代のヒトの祖先は、どのような挨拶行為が取り得たでしょうか。体毛を喪失していては毛づくろいのしようがないですし、性交することも知りませんから、挨拶行為はキスと抱擁の2種類しか取り得ません。従って、軽い信頼関係だけならキス、深い信頼関係を築こうと思ったら抱擁も、ということになってしまいます。
 こうして、頻繁にキスを繰り返すことになります。
 霊長類にとって、キスという挨拶行為は、自分の唇を相手の歯の前に曝け出すことになって、信頼関係がなければ噛み付かれてしまい、防ぎようがない危険な行為ですから、一般的ではありませんが、チンパンジーは平気でこれを行います。彼らがそうするのは、既に信頼関係がある者たちの間で、それを確認するための挨拶行為として定着しているからです。
 なお、霊長類の多くの種で唇を大きくめくり上げる表情をすることがあります。これは、下位の者が上位の者に対して行うのですが、傷付きやすい口の粘膜を相手に向かって曝け出すことによって、決して反抗しませんという意思表示をしているのです。ただし、ヒヒの場合は逆で、立派な犬歯を相手に見せ付け威嚇する目的でこれを行います。
 ヒトの祖先の挨拶行為として、互いに唇を突き出しての軽い接触によるキスが恒常化すると、これに加えて少しばかり唇のめくり上げを同時に行うようになったのではないでしょうか。
 こうすると、口内粘膜が触れ合ってどれだけかの快感が伴いますから、これが親密な挨拶として異性間、同性間を問わず一般化するのは必至でしょう。そして、こうした形でのキスを累代にわたって頻繁に繰り返すとなれば、唇を意識的にめくり上げなくても、めくり上がった状態で自然と固定されてしまうことになるでしょう。
 口内粘膜がめくり上がった状態で固定された唇を持つ哺乳動物は、唯一ヒトだけでして、この状態を獲得したのは、このような形で頻繁にキスを繰り返したからとしか考えられません。
 ここに述べましたヒトに特有な唇の形成は、私見ではありますが、十分に有り得たことではないでしょうか。
 もう一つ付け加えさせていただきますが、唇を挟み合うキスや舌を絡め合うというディープキスをする動物は、ヒト以外には存在しません。これは、性交しなくなったことによって、異性間の濃密な接触、つまり合体を舌でもって代用するようになったと考えて良いのではないでしょうか。
 かくして、ヒトの祖先は何かあればキスし、また、軽い抱擁も盛んにするようになったに違いありません。当然にしてオス同士もキスと抱擁で挨拶を繰り返すことになります。
 でも、挨拶方法がこの2種類だけではいかにも少な過ぎ、第三の挨拶として握手が汎用されるようになったことと思われます。
 チンパンジーは片手を上げて握手して向かい合い、空いた方の手で互いに毛づくろいをすることがありますから、これを少し変形させれば単なる握手となり、最も軽い挨拶行為として定着したことでしょう。
 なお、今日の人社会において、これら3種類の挨拶行為は欧米において頻繁に使われていますが、日本においては非常にまれなものになっています。こうした違いがなぜに生じているのかは、比較文化論を研究していない私に物を言う資格はありませんが、人口密度が大きく影響していると思えてなりません。日本列島は世界一豊かな植生の島々で成り立っていますから、古来より人口密度が高かったがために、決して人恋しさが湧くことはなかったと思われるからです。

5 群の内部構造の変化
 このブログで既に投稿済みの「ヒト社会の変遷を霊長類社会から学ぶ Ⅰ 類人猿の性生活と社会生態」で紹介しましたように、大型類人猿の群の内部構造は、種によって、また、生活環境の違いによって大きく異なっています。その中で、ヒトの祖先の群とどれだけかの類似性があると思われますのは、森林性チンパンジーとボノボです。繰り返しになりますが、それを概説しましょう。
 ともに数十頭以上の大きな父系複雄複雌群を形成していて、遊動域はだいたい一定し、ある程度の大きさの縄張りを持っています。
 群にはオスのリーダーがいて、その特権は発情メスとの性交の優先権ですが、ともに乱交的で、どのオスも全てのメスと性交するのが普通です。
 ただし、性成熟した若オスは性のライバルとなりますから、一旦群の外縁へ追いやられ、しばらくの間はメスとの性交を許してもらえません。
 両者の違いとしては、まずオス同士の関係です。チンパンジーのオス間には発情メスとの性交を巡る争いがあって、順位付けが比較的はっきりしていますし、リーダーの特権も大きいです。これに対して、ボノボの場合はメスの発情期間が長いですから、オス間の性交を巡る争いが少なく、順位付けは緩やかで、リーダーの特権も小さいです。
 次に、メス同士の関係ですが、森林性チンパンジーの場合は、独り身のメスはオスたちと性集団を形成し、まとまって遊動していますが、子持ちのメスはあまり動かず、散開して母子で暮らすことが多いです。これに対して、ボノボの群の場合は、子持ちのメスもオスたちと混在し、比較的密集して、まとまって遊動しています。
 よって、森林性チンパンジーのメスは、メス同士の日頃の関わり合いがまれなものになっていますから、これといった順位付けはなく、メスのリーダーはいませんが、ボノボの場合は、直接または子を通して間接的に関わり合いを持つことが常態化していますので、メス間に緩やかな順位付けがあり、メスのリーダーがいます。そして、ボノボのメスのリーダーは、採食樹への誘導や他群への接近の主導権を握っています。

 ヒトの祖先の場合、ダナキル島に隔離された当初は、森林性チンパンジーの群と同様な内部構造をしていたことでしょうが、乾燥化が進んで湿地帯で主に水生植物を食べるようになると、希少な果樹と湿地帯を往復することになって、子持ちのメスも一緒に行動せざるを得ませんし、果物は通常1本の果樹での採食になりますし、水生植物は湿地帯に密生していますから、近接しての採食になって、ボノボと同様な比較的密集した群になっていったものと想像されます。
 すると、メス同士の関わり合いが頻繁になり、どれだけかの順位付けが生じて、メスのリーダーが登場したことでしょう。これは、性交していた時代、しなくなった時代にかかわらず、変わることはなかったことでしょう。
 一方、オス同士の関係は、性交しなくなったことによって、チンパンジーに類似したものからボノボに類似したものに変わっていったことでしょうが、それでも、移行期の初期は、メスを独占したいという欲望がまだあったと思われ、オスのリーダーがいて、緩いながらも序列があったでしょうし、ライバルとなる若オスを排除したことでしょう。
 フリ-セックスを満喫しているボノボといえども、オス間にメスを巡る諍いがどれだけかは生じているのでして、これは、排卵期を迎えたメスが性フェロモンを3日間程度にわたって強く発散させますから、それを感知したオスたちが一斉にそのメスに強く惹かれて、そのメスと1日に何度も性交したいという感情を引き起こさせることに起因しています。
 前述しましたように、今日のヒトにおいても性フェロモンに若干反応しますから、ヒトの祖先の場合は少なからずこれが働いていたと思われます。そして、排卵期を迎えたメスのみならず、授乳中のメス以外は、性フェロモンを絶えず発散させていますから、オスたちは、そうした特定のメスに何となく惹かれることになったに違いないです。特に、群れ渡りしてきたばかりの若メスともなれば、新鮮さもあってなおさらです。
 ただし、性交という概念を忘れ去った後においては、そのメスとキスと抱擁をした後は、何となく寄り添っていたいという感情しか湧かなかったことでしょう。
 でも、これは恋愛感情そのものですから、相手が新入りの若メスともなれば、まれにチンパンジーに見られるように、リーダーがそのメスに一目惚れして独占的に寄り添うことがあったでしょう。これは、両性ともに個体識別フェロモンを常時発していますから、相性が合えばオスはメスに強く惹かれることになるからです。
 また、チンパンジーにはオスが若メスを誘い出し、ペアで群を離れるというハネムーン行動が時折見られ、ヒトの祖先においてもこうしたことがあったでしょう。これは、両性の個体識別フェロモンの相性がぴったり合ってしまい、互いに一目惚れしたケースです。ずっと一緒に寄り添っていたいという、深い恋に落ちたロミオとジュリエットの関係です。
 次に、移籍してきた若メスはどのような行動に出たでしょうか。
 自分に惚れ込んで絶えず寄り添ってくれるオスが現れれば…メスはそういうオスを見い出して群れ渡りしてきたのでしょう…、それによって見知らぬ者ばかりの群に加入してきた不安感は消え、そのオスと懇意になれて深い信頼関係が築かれもします。これで、しばし安心できるものの、それが確認できてしまえば、一日も早く他のメンバーとも信頼関係を構築して、仲間として皆に受け入れてもらいたいと焦りもするでしょう。よって、移籍してきた若メスは、特定のオスとのペア関係をいつまでも続けようという気分にはならなかったに違いありません。
 現に、チンパンジーにおいては、移籍してきたばかりのメスは全部のオスと盛んに性交しますし、ボノボにあっては、メス同士の関わり合いが日常化していますから、オスより先にメス同士で“ホカホカ"をし、メス間の信頼関係を優先して作ろうとするくらいです。
 こうしたことから、移籍してきたメスは、最初は特定のオスとペア関係にあっても、別のオスが近寄ってくればそのオスと積極的にキスと抱擁の挨拶を交わしたくなったでしょうし、そのオスに引き続き自分に寄り添ってくれることを望んだのではないでしょうか。そして、そのオスも喜んで寄り添いに加わろうとしたことでしょう。
 このような寄り添い行為は、チンパンジーやボノボには基本的に見られないのですが、性交をしなくなったヒトの祖先ですから、そうなってしまうしかないと思われるのです。
 これは次のように考えて良いでしょう。
 チンパンジーやボノボの場合は、性交によってオルガスムの快悦を味わえば、互いに深い絆が確認でき、大きな安堵感が得られますし、また、両者ともに体力を消耗し、休憩に入るしかないです。その体力の回復は、メスは比較的早く、オスは随分と時間がかかります。よって、性交を済ませたオスは、自分の体力が回復する前に別のオスがそのメスに接近して性交しようとしても、それを妨害することなくメスから離れています。メスにとっても、他のオスと深い絆を結びたいですから、性交を済ませたオスが離れてくれた方が都合が良いです。こうして、発情メスを遠巻きにして、入れ替わり立ち代りオスが接近するという形になります。
 ところが、ヒトの祖先の場合は性交を忘れてしまっていますから、言うなれば前戯の段階で止まってしまい、その次に何をしていいか戸惑った状態にあり、互いが離れる切っ掛けを失っています。よって、両者ともに離れたくないという感情しか湧かず、寄り添い行為を続けるしかないです。
 こうして、どのオスも移籍してきた若メスに近付いて挨拶を交わそうとし、それが済んだら寄り添い行為に加わろうとしたでしょう。
 すると、前から寄り添っていたオスは、他のオスに割り込まれては面白くないですから、近付いてきたオスを排除しようとしたかもしれません。でも、かような行為に及ぼうものなら、メスは他のオスとの新たな信頼関係づくりを求めていたのですから、妨害したオスを嫌って離れていってしまうでしょう。よって、たとえリーダーであっても、他のオスが自分と同時にメスに寄り添うことを承知せざるを得なくなります。
 そして、寄り添い行為の大きな特徴は、1対1で行うしかない性交とは違って、2対1、さらには3対1や4対1の永続的同時性を可能にしてくれることです。木陰にでも座れば、隣合せと複数の向かい合わせが同時に行い得るからです。そして、この程度の比率であれば、オス同士がその座を巡って争うことはなかったことでしょう。
 ただし、オスが大勢いる大きな群では、あぶれるオスが何人も出てきます。でも、そのような群であれば、子が乳離れし再び性フェロモンを発散し出したメスが当然にいて、そのメスに惹かれて寄り添うオスが出てきますから、トラブルが避けられることになるでしょう。

 ヒトの祖先の社会において、この寄り添い行為が定着することにより、オス同士の関係に大きな変化を見せることになったと思われます。
 群れ渡りしてきた若メスや子が乳離れしたメスには、ここまで述べましたようにオスたちが寄り添って来るでしょうし、また、そうしたメスもオスが発散する性フェロモンに反応し、複数のオスが周りにいてくれるのを好んだに違いなく、それぞれのメスを囲んで和気あいあいとしたムードが醸し出されることになったことでしょう。
 また、メスは性成熟したばかりの若オスとも当然にして挨拶を交わしたでしょうし、また、寄り添いも望んだことでしょう。オスたちにとっては、どれだけかライバルが増えることになりますが、メスの要求を拒否して若オスを排除したら、メスの機嫌を損ねてしまい、そのオスは寄り添いに参加できなくなる恐れがありますから、従わざるを得なかったことでしょう。
 こうして、若オスは群の縁辺へ押しやられることはなくなり、寄り添いに加わるようになったのではないでしょか。

 ところで、特定の相手と1対1で寄り添い行為を続けようとするカップルがまれにいたことでしょう。しかし、群の他のオスたちは、かかる行為を容認するわけにはいかず、リーダーを中心とするオスたちが恋仲の2人の間に割って入り、入れ替わり立ち代りそのメスに挨拶を求め、複数のオスで寄り添うことにしたでしょう。これによって、その2人はロミオとジュリエットの関係をあきらめざるを得なくなります。
 この1対1の寄り添い行為は、若メスが群れ渡りしてきたときに起きるでしょうから、そうしたときは、オスたち全員が入れ替わり立ち代りキスと抱擁を交わして寄り添い、そのメスを群全体の仲間として迎え入れるのが、群社会の掟になっていったのではないでしょうか。
 なお、群のオスたち全員が群れ渡りしてきた若メスと毎日何度もキスと抱擁を交わしたとしても、これは性交とは異なり、メスに体力的消耗を全く生じさせませんし、また、メスに信頼や安心感を与え続けますから、メスは喜んでこれに応じたことでしょう。
 かくして、群の内部においては、オスたちによる秩序ある寄り添い行為が定着していって、オス同士のメスを巡っての諍いは完全に消滅してしまったに違いありません。
 以上、本節で述べました寄り添い行為及びそれによる群の内部構造の変化は、全て私の推察によるものですが、いかがなものでしょうか。

6 群同士の関係の変化
 チンパンジーは、好みの果樹を中心とした縄張りを持ち、隣接群同士は敵対的になることが多いです。それに対して、草原で暮らしているヒヒは、満遍なく生えている小さな草の若芽や種を主食とし、縄張りを持ちませんから、群同士が諍いを起こすことはありません。このように、食性によって縄張りの有無が生ずるのですが、これは次のように考えられています。
 熱帯雨林では果樹は所々にしか生えていませんし、果物は熟す時期がバラバラで、また、採ってしまえばなくなってしまいます。従って、果樹が主食の場合は、果樹を占有しようとして必然的に縄張り意識が生まれます。それに対して、サバンナのような草原では、年中小さな草が満遍なく生えていて、これを主食とする場合は、根こそぎ食べるのではなく、数多くある葉の中で、柔らかくて食べやすい葉をつまんで食べるだけですから、草が生長する勢いはどれだけも衰えず、食糧は無尽蔵に得られると言っても良いくらいです。従って、草場の囲い込みをする必要性が生ずることはなく、必然的に縄張り意識が生まれないのです。
 こうしたことから、満遍なく生えている湿地帯の水生植物を主食とした場合も、草原の草と同様に食を巡っての群同士の争いは防がれ、縄張り意識を消失させる方向へ向かわせてしまうと思われます。

 ヒトの祖先の場合、当初は、数少ない果樹を占有しようとして縄張りを持ち、隣接群のオス同士は互いに反目し、諍いもあったと思われます。
 でも、縄張り意識が弱いメスたちは、水生植物を求め、湿地帯に入り込んで、隣接群のメスたちと混在して採食するようになったことでしょう。
 一方、オスたちは、自群のメスが隣接群のオスのもとに渡ってしまわないかとヤキモキするものの、どうしようもなく、押し黙って遠く離れて両群相対峙するしかなかったことでしょう。
 これは、メス同士が時折友好的に接触することが多いボノボの群の行動形態ですが、ヒトの祖先の場合も同様であったことでしょう。なお、数は少ないものの、チンパンジーにもこうした例が観察されています。
 このようなメス同士の友好的な接触が湿地帯において毎日のように頻繁に繰り返されるとなれば、群間でのオス同士の緊張は弱まってくるでしょうし、また、メス同士は、より親密に混在するようになるでしょう。
 当時のヒト社会は、前述しましたように、性成熟した若メスが群渡りしていたでしょうから、他群と接触すれば、相手の群の中に幼馴染みがいたりして、メス同士がかなり親密になるのは必然です。
 そして、メス同士が頻繁に混在することによって、子供オス同士も混在することになり、彼らは好奇心が特に強いですから、見知らぬ子供オスに近付き、遊びを通して直ぐに仲良しになってしまいます。
 こうした隣接群同士の友好的かつ緊密な接触が恒常化すると、子供時代の付き合いを通して、どの隣接群とも大人オス同士は顔見知りになってしまい、群同士が接触しても、いたずらに緊張関係を作り出すことはなくなって、無用な諍いは起こりにくくなったに違いありません。そればかりでなく、隣接群のオス同士も親愛の挨拶を交わすようになり、出会いの度にキスと抱擁を繰り返すようにもなってくるでしょう。
 こうして、隣接群との友好関係は、チンパンジーやボノボ以上に強まって、群間のオス同士の諍いは消滅する方向に向かったことでしょう。
 ただし、数少ない貴重な果樹に対しては依然として縄張り意識を持っていたに違いありません。湿地帯では共同採食するものの、果物となるとこれは別物で、一生群に留まるオスたちの帰属意識によって、好みの果樹を占有しようとするに決まっています。いかに隣接群と友好関係が築かれていたとしても、これだけは例外として残ったことでしょう。
 もっとも、相互に所有権を尊重し合い、縄張り侵犯することなく、衝突には至らなかったものと思われます。
 オスたちにとっては、もう一つ大きな問題点が残ります。それは一旦自群へ加入してきたメスが、隣接群と頻繁に接触することによって他群のオスに浮気し、群れ渡りしてしまわないかという危惧です。
 チンパンジーやボノボの群が接触した場合に、オス同士が対峙して反目し合うことになる大きな原因はここにあります。
 よって、隣接群のオス間にどれだけかの緊張関係は残ったことと思われます。メスが別の群へ再移籍しようものなら、どうしても相手のオスたちに対して嫉妬心が生ずるからです。場合によっては再移籍したメスを無理やり引き戻したり、それをさせまいとして諍いが起きた可能性もあります。また、それが高じて群同士が険悪な関係に陥る恐れも生じましょう。
 ヒトの祖先の群社会は、こうした緊張関係を持ちつつ、ときには一部の群と敵対的な状態にあったかもしれませんが、多くの群との関係は総じて友好的であったことでしょう。

 ここで、友好的な群間において性成熟した若メスがどのような行動を取るようになったかを推察してみましょう。
 若メスが隣接群のどこかの群のオスに惹かれて移籍したとします。
 若メスはその群にすんなりと迎え入れられて、オスたちと親密な関係を築き上げていき、採食時に出自群と混在することがあっても、別かれ別かれになるときには、当然にして移籍先の群のオスたちと行動を共にします。
 しかし、出自群と毎日のように接触している若メスは、妊娠することによって大きく行動を変えたに違いないと思われるのです。
 これはフェロモンの働きによるもので、若メスが独り身の場合は非血縁の関係にあるオスを好むのですが、妊娠することによって、逆に血縁関係にあるオスを好むようになるからです。
 水生生活に馴染むに従って、フェロモンへの反応がだんだん鈍くなっていたことでしょうが、今日のヒトもこの傾向がどれだけか認められますから、当時のヒトは十分に反応してしまったことでしょう。
 よって、若メスが妊娠してしまうと、出自群のオスたちと行動を共にしたい気分になってしまいます。そして、両群が別かれ別かれになるときには、その若メスは出自群のオスたちに付いていってしまったことでしょう。
 こうなると、若メスを一旦迎え入れた群のオスたちは、少々寂しい思いをするでしょうが、無理に引き止めはしなかったことでしょう。
 なぜならば、これは単なる出戻りであって、無関係の別の群への再移籍ではないですから、嫉妬心が湧くことはないですし、また、群同士の接触が頻繁にあったのですから、再び群が接近したときに挨拶を交わすことが可能になるからです。加えて、妊娠によって若メスが性フェロモンをあまり発しなくなり、魅力が薄れてしまっているからです。
 こうして、若メスは皆、出自群に戻って出産するようになります。
 ところで、この風習は、今日では世界的に非常にまれなものですが、唯一日本に里帰り出産として色濃く残っています。これは、日本社会が概ね父系化した江戸時代に生まれたようですが、ヒト本来のフェロモンの働きに素直に従うという、おおらかさがあってのことと思われます。それだけ江戸時代は平和であったと言えましょう。
 さて、この時点で群社会に劇的な変化が生じたものと思われます。
 妊娠して出戻った若メスは、出産後もフェロモンの働きで血縁関係にあるオスを好みますし、また、乳飲み子を抱えたメスは性フェロモンを発しなくなりますから、隣接群のオスたちはそのメスに興味を示すことはなくなります。
 よって、出産したメスは引き続き出自群に留まり、血縁のオス・メスに暖かく見守られて、子育てに専念することになってしまいます。
 こうなると、友好関係にある群同士にあっては、大人メスの大半が妊娠を契機にして出自群に戻っています。すると、子供が乳離れして再び妊娠できる状態になったメスが、非血縁のオスに惹かれて最初に移籍した群なり他の群に再移籍するとなると、その群での余所者は自分一人だけになってしまうことが多くなるのは必然です。
 これでは、メスはメス同士の付き合いにおいて肩身の狭い思いをさせられますから、出自群から出たがらなくなって、独り身のメスは、昼間に群同士が混在するときにのみ、別の群のオスたちと積極的に挨拶を交わしたり寄り添ってもらったりするだけになって、群が別かれ別かれになるときには、出自群の皆と行動を共にしてしまったことでしょう。
 相手の群のオスたちも、そのメスと毎日のように十分に接触できますから、多少の寂しさは残れどそれを拒みはしなかったでしょう。
 こうなると、メスは、母娘、姉妹、従姉妹といった血縁関係にある者が出自群に留まって集団化するという、母系社会に急変してしまいます。
 メスにとっては子育ての協力者が得られて好都合でもありますから、この母系社会は安定した強固なものとなり、容易には崩れないでしょう。
 一方のオスはどうするかと言えば、メスのように生理現象でフェロモンの好みが変わるものではないですし、オス同士は皆、生まれ育った群での毎日の遊びを通して紐帯がしっかりできていますから、引き続き出自群に居残って行動を共にします。
 そこで性成熟した若オスはどう行動したでしょうか。
 隣接群と混在したときには、異性に惹かれて相手の群のメスたちのもとに走り、積極的に挨拶を交わし、気に入ったメスの側に他のオスたちと一緒に寄り添っていたことでしょう。そして群が別かれ別かれになるときには、名残惜しくても出自群の皆と行動を共にするに決まっています。よほどお気に入りのメスがいたとしても、余所の群に一人で入り込めば緊張を強いられますし、どうしても仲間外れにされてしまい、いたずらに疎外感を味わうだけですから。
 こうして、オスもメスもともに、居心地の良い出自群から生涯にわたって出て行くことはしなくなったに違いありません。

 友好関係にある群同士の間でこうした変化がまず起き、これがヒトの祖先の群全体に順次波及していったことでしょう。
 父系でも母系でもない、こうした形態を動物生態学では「双系」と呼んでいますが、霊長類においてはほとんど例のないものです。
 こうして、ヒト社会が劇的に「双系の複雄複雌群」に変換を果たし、これが定着して、メスが皆、出自群に居座ることになったことでしょう。つまり、メスは群れ渡りしなくなったのです。
 こうなると、オスたちが危惧していた現象が起きようがなくなり、ここに、オスたちが抱えていた嫉妬心が完全に消え去ってしまったのです。
 オスたちが一旦関わりを持った若メスを自分たちの群で独占することはできないものの、そのメスが属する群と接触する度に挨拶を交わしたり寄り添ったりでき、また、それが保証されるからです。
 よって、群間のオス同士の諍いは必然的に消えてしまい、どの群もともに友好的な関係が順次築かれていったことでしょう。
 ただし、果樹の占有を巡っての対立が残りますが、これについては次節で述べますように、群同士の交流時の来客へのもてなしとして共同採食するようになって、占有意識を大きく減らしていったものと思われます。

7 アファール三角地帯での1日
 この時代の人の祖先の1日の行動を推察してみましょう。
 チンパンジーと同様に、基本的に朝晩の1日2食で、朝になれば群のオス・メスが一緒に湿地帯に入り、まとまって採食し始めたでしょう。 
 メスは、通常、胎児や乳児の分まで食べねばなりませんし、また、乳離れした子の世話もあって、食事に専念できず、採食に時間がかかります。そして、メスたちは採食後も湿地帯で乳児を泳がせたり、子供たちを遊ばせたりと、なかなか陸へ揚がらなかったことでしょう。
 それに対して、大人オスや若オスはすっと早く食べ終わります。湿地帯で遊ぶとしても足をとられて思うに任せません。よって、オスたちは早々に湿地帯から出て、夕刻まで陸で暇潰しするだけの生活になります。そこで、チンパンジーと同様にレスリングや追いかけっこなどの遊びをし、仲間の紐帯を図ったことでしょう。
 希少となった果物が生る季節には、ひとしきり遊んだ後でメス集団が陸に揚がったところで一緒に出かけたりしたことでしょう。
 果物が得られない季節にあっては、オスたちは毎日の単調な繰り返しに飽きてしまい、採食後は頻繁に近隣の群を訪問したことでしょう。
 時には気紛れ的にずっと先の見知らぬ群の所まで足を運ぶことになります。オス同士の諍いがなくなっていますので、初対面であっても多少は緊張すれど、喧嘩になることはないですから、これは実現します。
 訪問先の群にオス集団が残っていれば先ずオス同士で挨拶を交わし、そうこうしているうちにメス集団も陸に揚がってきます。
 そうなれば、オスたちはその群のメスに関心が湧き、そのメスたちと一通りの挨拶を交わし、そして静かに寄り添っていたことでしょう。
 この時代はまだ言葉を喋ることはできませんから、どれだけもコミュニケーションが取れず、そうでもしているしかありません。でも、オスにとってみれば別の群のメスと一緒に居るだけで楽しいものです。合コンがこの時代からあったのです。乳児を抱えたメスはオスに興味を示さなかったでしょうが、子が乳離れしたメスや若メスは訪問してきたオスたちに大いに興味を示し、寄り添ってくれたに違いありません。
 そして、果物が生る季節であれば、メスたちは訪問してきたオスたちを誘って果物狩りに出かけたことでしょう。合ハイです。その道すがら汗をかき、フェロモンを盛んに蒸散して、オス・メスが互いに強く惹かれ合いますから、より親密な関係が築かれていったことでしょう。
 昼下がりになれば別れの挨拶を交わし、オスたちは自群のメス集団のもとへ帰ります。そして、夕暮れ前の軽い採食を一緒にします。
 後は寝るだけで、地上性のゴリラの場合、群の皆がどこか一か所に集まって銘々が木の小枝をへし折り、地べたに敷いてベッドを作り、そこで休むのですが、ヒトは裸の猿になっていて、これでは背中が痛むでしょうから、湿地に茂る大きな葉なり枯れ草を主に使ったことでしょう。
 なお、大型類人猿が寝るときは、地上、樹上を問わず、皆、仰向け寝をしますから、ヒトもそうであったに違いありません。
 こうしてヒトの祖先の1日が終わります。
 ヒトの祖先はこうした生活を毎日変わることなく延々と繰り返し、これは、アファール三角地帯に隔離されていた約200万年間のうちの多分後半の概ね100万年もの長期にわたって続いたことでしょう。
 なお、前半の概ね100万年はチンパンジーのボノボ化と、それに続くペニスを巨大化させた進化途上のヒトの時代であったと思われます。

8 ついに犬歯が退化する
 第4節から第6節にかけて物語りましたように、ヒトの祖先は、群の内部においても群同士の間においても、オス同士の諍いを一切消滅させ、「争いもない、戦いもない、暴力もない」、従って「安寧で、平和で、平穏な社会」を誕生させ、それを概ね100万年もの長期間にわたってずっと守り通してくれたことでしょう。
 そして、これによって、ヒトが皆、知らず知らずのうちに「非暴力の心」を持つに至ったのも、また間違いないことでしょう。

 さて、霊長類におけるオス同士の諍いは、犬歯を使っての噛み付きによって行われることを 人類水生進化説 序章 で述べました。
 ヒトの祖先の皆が「非暴力の心」を持ち、一切の暴力的行為にでることなく、諍いが完全になくなってしまうと、犬歯を全く使わなくなります。食事をするに際しても、主食の水生植物であれ、たまに食べる果物であれ、門歯でもって噛み切り、臼歯でもってすり潰すのですから、食生活においても犬歯の使い道がなく、犬歯は無用の長物となります。
 こうして、犬歯は全く使わないだけでなく、邪魔な存在でしかなくなります。そうなると、犬歯に一切の負荷がかからなくなって、犬歯の成長は鈍化するしかありません。
 使わないものは退化するしかないのです。
 ここに「用不用の法則」が働き、概ね100万年をかけて犬歯を順々に退化させていったと考えられます。
 そして、犬歯の退化は食生活において大きな利便性をもたらしました。立派な犬歯を持つゴリラやチンパンジーは、犬歯が邪魔になって噛み合わせた臼歯を前後左右に動かすことができず、単に顎を上下動させて物を叩き潰すという方法しか取れません。それに対して、ヒトは犬歯が退化したお陰で、弱い力であっても噛み合わせた臼歯をウシやウマのように前後左右に動かすという合理的なすり潰しができるようになり、胃腸に過大な負担をかけることがなくなりました。
 そのお陰で、ヒトはゴリラと同じような食性であっても、大きな体にする必要はなかったのです。
 なお、歯に関しての「用不用の法則」は、文明後において再び働き出していて、まもなく獲得形質が遺伝するようになると思われます。
 縄文人の顔が四角形で、江戸時代の将軍の顔が逆三角形になっているのですが、これは、物をよく噛んだか噛まなかったかの違いで、顎の骨と歯全体の成長に大きな影響が出たからです。そして、現代人は将軍顔になる傾向を強くしています。さらに、物をあまり噛まなくなったことにより、多くの人に親不知(第3大臼歯)が生えにくくなってきています。加えて、近年の子供たちは柔らかい物しか食べなくなって歯全体の成長が遅れ、歯並びが悪くなるとともに、何と上顎の犬歯も、親不知と同様に埋伏歯になってしまう場合がでてきました。
 これらは「用不用の法則」が働いているからでして、近い将来においては、と言っても数十万年や100万年の経過を必要とするでしょうが、人類は親不知と犬歯の両方を失うかもしれないのです。

9 双系の「通い婚式」複雄複雌社会の誕生
 ヒト社会が双系の複雄複雌群に変換を果たし、その社会生態が安定して続いていくと、直ぐに隣接群同士は血縁が濃くなってしまい、異性同士が惹かれにくくなり、オスたちは遠方の群のメスとの新鮮な接触をより志向するようになったことでしょう。前々節で触れましたが、ずっと先の見知らぬ群の所まで足を運ぶことが恒常的になったと思われます。
 一方のメスは子育てが中心となり“花より団子”ですから、オスたちが出かけた後は、メスたちが連れ添って比較的狭い範囲を遊動し、定住傾向を強めたことでしょう。なお、天敵となる猛獣がいない孤島ですから、オスたちはメスたちを残して気軽に遠方へ出かけることができます。
 隣接群のオス・メス両性が半日近くにわたって相互に混在する状態から、オスだけが“団子より花”を求めて出かけて行き、数時間の間、別の群のオス・メスと混在する形態への行動変化です。
 こうして、双系の複雄複雌群は、ヒトだけに特有の「通い婚式」複雄複雌社会へと、早々に進んだものと思われます。
 それから約300万年を経過した今日においては、この形態は現在の狩猟採集民にあってもほとんど見られず、いくら古い社会制度を残しているオーストラリア大陸のアポリジニ社会と言えども、大きく変形した形でわずかに残している程度です。また、文明社会から隔絶されアマゾンのヤノマミ族にあっても、ほんの部分的に見られるだけです。
 しかし、驚くことに、何と日本列島においては、平安時代までは天皇から農民までこれを色濃く残していました。母系氏族社会がそれで、源氏物語の光源氏そのものです。その後、時代が進むにつれて支配階層においては婿入り婚が発生し、また父系社会に移ってしまい、史実では通い婚は急激に消滅していってしまったのですが、農村にあっては夜這いという通い婚の風習が少なくとも明治時代までは全国的に広く残っていました。
 農村における夜這いは、特定の女のもとへ通うのではなく、皆で誘い合って遠くの村々へも出かけて行き、ランダムに行うのが一般的で、「千人切り」という言葉が生まれたほどです。つまり、千人もの女とセックスを果たした男が数多くいたのです。
 そして、東北地方の農村においては、戦後暫くの間までは母系を維持しつつ、通い婚が続いたところもあったのです。その地においては女が家督を継ぎ、夜這いを受けて誰の子か分からない子をもうけ、その子が女であったならば家督を継がせ、その子が男であったならばその家で生涯にわたり農作業に従事させて姉妹を助けさせるのです。そして、男たちは夜な夜な夜這いに出かけて朝帰りするという生活です。また、岐阜県から富山県にかけての荘川上流部の合掌造りの大家族にあっても同様にして、明治時代までは母系を通し、通い婚が続いていたのです。
 これらは、家督相続という家族制度が確立した後の社会ではあるものの、村社会の男と女の交わりという観点から捉えてみますと、双系の「通い婚式」複雄複雌社会そのもので、アファール三角地帯におけるヒトの祖先の社会生態と何ら変わるものではありません。
 ここに紹介しました通い婚や夜這いの風習については、高群逸枝女史がその著「女性の歴史 上巻」(講談社文庫)、赤松啓介氏がその著「夜這いの民俗学」(ちくま学芸文庫)の中で、それぞれ詳細にわたって紹介されておられ、もう少し具体的に事例を説明して検証したいのですが、紙面の都合で割愛せざるを得ないのが残念でなりません。
 なお、歴史に登場する婚姻の実態については支配階層についてのものしか残っておらず、また、一般庶民の性風俗については史実に登場しにくいことと、明治になってからは欧米先進国に配慮して、この国の性風俗がつつましやかであったかのように捏造されたがために、こうしたことは隠された事実となっています。

 それにしても、約300万年もの昔の原初のヒトの社会生態が、日本列島に限って残り得たとは誠にもって不思議なことですが、これは次のように考えて良いのではないでしょうか。
 日本列島は大陸から隔絶されていて、文明文化は大陸から少しずつ遅れて入り、順次高度化させていきました。しかし、日本列島においては、大陸のような強烈な寒冷化やそれに伴う旱魃による大飢饉は、回りを海という湯タンポで暖められていて決して起きることがなかったですし、また、海という鉄壁の要塞に守られていて、そうしたときに常習化する異民族による殺戮や略奪という大規模な侵略戦争の嵐に遭遇することがなく、社会生態を大変革させるような要因が発生しなかったからでしょう。
 加えて、日本列島は世界一豊かな植生の島々で成り立っていますから、収容力が高かったに違いなく、隣接群(集落)との接触が友好的にずっと続けてこられ、これによって原初の社会生態を色濃く残し得たと言えるのではないでしょうか。
 “平和ボケ”と揶揄されるがごとく、世界で一番平和が長く続いてきたのが日本列島なのです。なお、日本における社会生態の大変革というものは、戦国時代の内戦によって武家社会が父系社会へ全面転換したことと、第二次世界大戦の敗北を切っ掛けとする家父長制の崩壊しかなく、明治維新に伴って西欧文化が洪水のように流入してきても戦乱を経験しなかったがために、社会生態の変化は幾ばくもありませんでした。
 以上に紹介しました日本に残っていた通い婚や夜這いの性風俗、そして日本独特の里帰り出産の風習からしても、ヒトの遠い祖先が何処かの段階で、チンパンジー型の複雄複雌群から霊長類においては例のない双系の「通い婚式」複雄複雌社会へ移行したのでして、これは、アファール三角地帯における、犬歯の退化によって生じた社会生態の変化によるものと考えるしかないと思われるのですが、いかがなものでしょうか。

 ここまで、霊長類社会生態学において何章にもわたって霊長類わけても類人猿の社会生態について、オス同士のメスを巡る諍いを中心に詳細を紹介させていただくとともに、人類進化の謎解きを延々と行い、そして、どのようにして犬歯が退化したのかを物語ってきました。
 そうしてたどり着いた結論は、『犬歯の退化は、オス同士の諍いが消失し、ヒトが非暴力の心を持つに至ったから』という、極めて単純な理由で生じたとしか言いようがないというところに到達しました。
 これは、前にも述べましたように、仮説の上に仮説を立てた単なる物語ではありますが、モーガン女史の「人類水生進化説」は法則に格上げしても良いでしょうから、この物語は「犬歯の退化=非暴力の獲得仮説」として、検討に値するものと考えるのです。
 でも、この物語はまだ半ばで、社会生態の変化はその後に専ら陸で生活することによっても起きたでしょうし、また、セックスがどこかの時点で今日の形になったのですし、加えて、人は性交が生殖行為であることも知ったのですから、そのときに社会生態の変化があったかどうか、それを見てみないことには不十分です。
 引き続き、それらについて物語っていくことにしましょう。

次ページ ⇒ 第2幕 大地溝帯への移動 


(本稿の記事は青少年教育上ふさわしくない表現が含まれますのでアダルトサイトでの投稿としました。)
 

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