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第4幕 偉大なる思想の完成

人類の誕生と犬歯の退化

第4幕 偉大なる思想の完成

1 原始共産体制の確立
 ヒトが陸生生活をするようなって直ぐにもセックス革命を果たしたと思われ、新たな社会生態がその後安定して続いていったことでしょう。これは、100万年以上にわたったことと思われます。と言いますのは、状況証拠としては不十分ですが、この間、そしてその後においても、石器の発達が全く認められないからです。
 そうした中で、ヒト社会は、ついに「原始共産体制」を確立するに至ります。その体制は、通常「私的所有がなく、私有財産を持たず、生産手段を共有化している」ことを言います。この定義は、農耕・牧畜が始まった以降において、備蓄食糧の私有財産権が発生した後の社会と対比して理解する言葉としては意義があるでしょうが、農耕・牧畜以前の純然たる狩猟採集生活にあっては、ぴったりした定義にはなっていません。
 と言いますのは、原始時代においては、のちほど述べますように、所有権の概念が今とは違っていたでしょうし、狩猟採集のための各種道具は、その使い勝手から、私的に所有していたに違いないと思われるからです。
 その定義はさておくとして、私が思う「原始共産体制」は、概ね数十万年前に体得したと言われます「火の利用」によって実現したと考えます。
 それをこれから物語ることにしましょう。

 火の利用がいつから行われるようになったのかは、定かではありませんが、高々数十万年前のようで、そんなに古いことではなさそうです。
 また、どのようにして火の利用を体得したのかも全く不明ですが、私が思うに、それは暖を取るための焚き火が始まりであって、誰かが山火事の残り火を持ち帰り、皆で協力して火種を生かし続ける中で火の特性を学び取り、制御する方法を習得することによって体得できたことでしょう。
 そして、これを体得した群の技術が順次近隣の群に伝播し、広く人類共通の科学技術となったのではないでしょうか。
 いずれにしましても、この火の利用の体得によってもたらされたもの、それは、人類にとって最初の「文化大革命」であったことでしょう。
 なぜならば、これによって植物性食品の火食が定着し、生活形態と社会生態に大きな変化をもたらすことになったと考えられるからです。
 火の利用を知らなかった時代は、基本的に、採取した食べ物はそのまま食べられますから、銘々がその場で食べていたに違いないです。 
 それが、火食をするとなると、第1に「運搬」、第2に「共同調理」、第3に「分配」という、今まで経験しなかった難しい行動を1つの集団の全員の合意なくしては決して実現しないからです。
 この3つの行動の難しさを説明しましょう。
 第1の「運搬」については2つの問題が生じます。まず、今までは、採取したものから順次その場で口に入れていたのですが、そうするのを皆が我慢せねばなりません。次に、必要な量を集め回った上に、それを居住区に持ち帰るという、余分な労働を皆で合意せねばならないのです。
 第2の「共同調理」に当たっても2つの問題が生じます。
 まず、銘々が運んできた食べ物が、誰のものだか分からなくなってしまい、絶対的に保証されていた「所有権」を放棄させるという大問題が起きてしまいます。なぜ、大問題かと言いますと、当時の所有権というものの性質は、今とは随分違っていたと思われるからです。これを、自然観察が進んでいるニホンザル、チンパンジー、ゴリラの例から説明しましょう。
 子供が1本の果樹にたった1個だけ生っている美味しい果物を見つけたとしましょう。大人もそれを見つけ、駈けつけます。でも、一瞬早く子供がそれを手にしたら、大人は決してそれを奪い取ろうとしません。小さな子供の前で大の大人が物欲しそうに指をくわえている姿は何とも滑稽ですが、子供だから許しているのではありません。これが低位の者の場合であったとしても、高位の者から奪われることは決してないのです。こうした先取り特権は、餌付けされていない自然の状態においては、霊長類のどの種にも共通して見られることです。
 これは、彼らの世界における幼児教育の賜物です。乳離れを始めた幼児が何人か集まった場所で、誰かが美味しい物を手にすると、それを欲しがって奪い取ろうとすることがあります。でも、そうした幼児には、母親がしっかり側に付いており、あるいは、分別が付いた母親代わりの姉が絶えず世話をしていて、“他人の持っている食糧を横取りしては駄目よ。”と教育しているのです。また、山極寿一氏がゴリラの群を観察する中で、核オスがメスから預かった子供たちに“横取りは駄目だ。”と、優しく叱る行動を取り、見事な教育係の役割を果たしているのを目撃されています。
 このように、霊長類の世界では、物の所有権は手にして初めて発生し、そして「一旦手にした食糧は、誰であろうと、それを手にした者に絶対的な所有権がある」とする、例外なき憲法が確立しているのです。当時のヒト社会においても同様だったことでしょう。
 次に、共同調理と言う面倒な仕事を、誰かが皆のために勤労奉仕せねばならないのです。主食となった芋や各種野草の蒸し焼きをするとなると、これらを1か所に集め、手頃な幾つもの焼き石でもって、まとめて蒸し上げないことには極めて効率が悪いからです。
 類人猿においては、誰かのために勤労奉仕するということは、親子の間であっても基本的にありません。類例としては、ボノボのオスからメスへの食べ物の手渡しが習慣化していますが、これは性交との交換条件付きの贈与で、勤労奉仕とは異なります。また、チンパンジーが動物狩りをした場合に肉の分配が行われますが、これも仲良く分け合うというものでは決してなく、やはり交換条件付きの贈与です。
 第3の、蒸し焼きした食べ物を皆に「分配」するという行為は、非常に高度な文化性を発揮しないことには不可能であると言わざるを得ません。毎日のように複雑な多元方程式を解くことが求められるからです。
 食糧がたっぷり手に入ったときは、皆で好き勝手に手を出して、気の向くままに食べれば良いのですが、いつもそのようには参らないのです。時には不足することもあるでしょうし、美味しいものとなると少量しか手に入りません。こうした場合に、乳飲み子を抱えた親、妊婦、子供、大人オスが同量であって良いわけがなく、また、極端に不足する場合には配分比率を変えざるを得ません。従って、毎日、臨機応変に、皆が納得のいく分配を円滑に行うことが求められます。
 今日の未開社会において、祭事や蜂の巣取りの後で神官そして長老たちが、ご馳走をものの見事に公平に分配している光景をよく目にします。太古の昔のヒトたちも、これをいとも簡単にやってのけたに違いないです。私はこれを絶賛したいのです。

 こうした一連の行為の完成をみたのは、ヒトに特有の「犬歯の退化」によって獲得された「非暴力」の心から湧出する「やさしさ」「思いやり」そして「気配り」の精神文化が育まれていたからに他ならないでしょう。
 この精神文化によって、「一旦手にした食糧は、誰であろうと、それを手にした者に絶対的な所有権がある」とする霊長類界の例外なき憲法を無にさせてしまい、皆が所有権を放棄することができたのでしょう。
 今日の我々は、飽食を満喫しているという時代背景もあって、こうした一連の行為に対して何ら困難性を感ずることなく、ごく普通に淡々とこなしていますが、実は、どの種の類人猿にも全く不可能な極めて高度な文化性がここには認められるのです。
 それにしても、これはあまりにも高度すぎる文化でして、これがいきなり実現できたとは到底考えられません。段階をおって順次完成していったと考えるしかないでしょう。
 第1段階では、芋の生食でしょう。芋の塊を一人で掘るのは大変ですから、何人かが木の棒を使って共同で掘ったことでしょう。今日の狩猟採集民でもそうすることが多いです。そして、掘り出した芋を誰かがちぎり分け、皆が1個ずつ手に取って銘々で川に運び、洗って食べたことでしょう。掘り出した芋は大小様々でしょうが、これがその日の食事の全部ではないですから、分配はいい加減なやり方であっても十分で、数が少なければ母親が洗った芋を2つに割って子供に与えればよいです。
 ここに、順番は異なりますが、運搬・共同調理・分配という一連の行為の下地ができています。
 第2段階は、火の利用を知った初期の遊びとしての火食です。焚き火の火種を絶やさないために、枯れた木の枝をくべ続ける中で、たまたま木の実も投げ入れてしまい、弾け飛んだ木の実をおっかなびっくり食べてみたことが火食の切っ掛けになったものと、私には想像されます。
 その後、あらゆる食材を焼いて食べてみる遊びが始まり、火食が遊びの文化となり、遊びであるがゆえに、仲間同士で調理すること自体も遊びとなり、芋の蒸し焼きという共同調理もまた遊びで始まったに違いありません。所有権の放棄というものも、遊びであるがゆえに意識しなかったことでしょう。なお、肉食もこうした遊びの中で、死んだ小動物の丸焼けを何かの芋ではないかと勘違いして食べてしまったことから始まった、と考えるしかないでしょう。
 いずれにしても、運搬・共同調理・分配という一連の行為が、まずは遊びとして行われ、オスどもが率先して喜んでやったに違いありません。
 しかし、これが主食となってしまい、毎日のように繰り返すとなると、オスたちは調理することに飽きてきます。残念ながら、ヒトのオスというものは、そういう動物です。遊びという刺激がないことには、容易には動こうとしないのが、ヒトのオスなのです。
 毎日、単調な仕事に飽きもせず、根気よく繰り返し行うことができるのは、子育ての経験を通して忍耐力を持つに至ったメス以外にいません。こうして、共同調理は彼女たちが受け持たざるを得ず、子供に手がかからなくなったメスたちが勤労奉仕の中心になったことでしょう。
 このような段階を経て、ヒトは、運搬・共同調理・分配という、非常に高度な文化性を持った一連の行為と、所有権の放棄を問題なく円滑に行うことができるようになったと考えて良いのではないでしょうか。

 さて、火の利用の体得については、高度な頭脳を持ったヒトにしかできない、科学技術の一大ステップアップとして高く評価されています。
 私も、それはそれとして評価することにやぶさかではないのですが、それよりも、火の利用が始まったことに伴い、「共同火食」という非常に高度な文化性を持った一連の行為の完成を見、もって人類史上最初の「文化大革命」を成功させたことを高く評価したいのです。
 ヒトは、この革命によって、ついに所有権の放棄、勤労奉仕そして食糧の適正配分という「原始共産体制」を確立させたのですし、また、これによって、皆が「その能力に応じて働き」、皆が「その必要に応じて取る」という共産主義の理想を実現させたのですから。
 そして、ヒトは、「非暴力の心」から湧出する「やさしさ」と「思いやり」そして「気配り」の精神文化を一段と高め、加えて、所有権を放棄する思想を持つに至り、これが「非所有の心」へと昇華させるべく、ここに深い人間性の醸成が始まったのです。

2 ヒト社会の原形の完成
 原始共産体制の確立に伴って、メスのリーダーが明確な姿を持って登場します。共同調理の指揮を取る人材を必要としたからです。
 また、食料の配分についても、メスのリーダーが中心になって行ったと思われます。先に例を挙げました未開社会の神官や長老は男ですが、これは男に権力が握られている今日の父系社会での有り様でして、当時のヒト社会は双系であっても母系色の濃いもので、様々な面においてメスが実権を握っていたと思われるからです。母系のニホンザルや、父系でもメスが実権を握っているボノボにあっては、食糧調達のための遊動はメスのリーダーの指揮の下に行われていることからしても間違いないでしょう。
 ここに、オス・メス両方のリーダーが明確な姿を現したことでしょうが、霊長類においても基本的には両方いて権限を分担しています。当時のヒトにあっても同様と思われ、食と住に関してはメスのリーダー、対外的な折衝はオスのリーダーというふうに分担したことでしょう。
 この両頭指導体制は歴史時代の初期まで残存し、卑弥呼の時代もそうでした。ただし、卑弥呼にあっては、母系氏族を基にして中央集権化を進めましたから、母系色をさらに強め、対外的にも威勢を示すために女を奉って、男は補佐役という形をとったようです。
 原始共産体制の確立によって、両リーダーともに質的向上が図られ、より尊敬される存在となり、群社会は安寧そのものとなったことでしょう。
 また、私的所有権の観念を大幅に捨て去ったことによって、共同所有権の観念も弱まり、群同士がより平和共存するようになり、決して対立することなく友好的に接触を重ねたことでしょう。
 こうして、群は安定した重層構造を作り出します。ここに、単位群の氏族と、それを幾つも束ねた部族の原型が誕生したのではないでしょうか。この重層社会は、つい最近まで現存していた北米インディアン社会の氏族と部族の成り立ちの原形と言えましょう。
 そして、部族全体や複数の氏族にわたって解決すべき諸問題については、インディアン社会と同様にして、部族会議による全会一致の「民主主義」方式が取られたことでしょう。
 この時代においては、言語はまだ十分に発達していなかったと思われますが、部族内の氏族のオスのリーダー同士は、皆、顔見知りで懇意な仲であったと思われ、部族会議において意見が対立し、決裂するようなことは決してなかったと思われます。
 なぜならば、通い婚を通して相互訪問が頻繁に繰り返され、彼らの間に良好な関係が構築されていたと考えられるからです。
 さらに、部族連合も形成されたことでしょう。今風に言えば民族の団結です。部族ごとに生活環境にどれだけかの違いがあり、異常気象ともなれば、大幅に食料が不足する部族が出てきます。そうした部族に対しては、さほど被害を受けなかった部族が食糧を無償提供したことでしょう。
 こうした部族連合を形成させたのも、部族間での通い婚があったからと思われます。今日においても、未開な社会にあっては、遠来の客人に対して、ホストの首長が自分の妻や娘を一夜の妻にしてもてなす風習を残していることからも、そのように思われるのです。
 ヒトが戦争をした形跡は、数千年前までは一切ないです。その間に飢餓が訪れたときが幾度もあったでしょうが、戦争を全くしていないのです。
 どの部族もどの部族連合も餓死する危機はあったでしょう。そうしたときには、部族連合ごとに大移動したことでしょう。出アフリカは何度もあったに違いなく、また、中東からヨーロッパやインド・中国そして東南アジアへと放浪の旅に出たことでしょう。さらに、ヨーロッパからインドへ、あるいはその逆の移動など、歴史時代の民族大移動と同じことが頻繁に繰り返されたに違いありません。
 移住した先は、先住民が生息していた地域が多かったことでしょうが、そうした場所でも友好的な接触しかみられません。ヨーロッパにおける旧人ネアンデルタール人と約4万年前に後から入っていった現生人類クロマニヨン人の平和共存が、その良い例です。
 歴史時代になって頻発するようになった、民族大移動に伴っての略奪や殺戮という戦争を、彼らは一切しなかったのです。
 これは、人骨化石が証明しています。人骨化石は、時代が新しくなるに従って数多く発掘されるようになるのですが、戦いによって砕かれたと思われるようなものは一切見つかっていないのです。
 原始共産体制が確立したことにより、ヒトは皆、所有権を放棄する思想をもとにして、「非所有」の心を持ち始めていたことでしょうし、また、人は皆、すでに獲得していた「非暴力」の心を貫徹し続けることができたがゆえに、いかなる事態が生じようとも決して戦争に走ることなく、揺るぎようのない平和を永く維持することができたのです。
 そして、農耕・牧畜が始まった約1万年前には、それ以前の狩猟採集時代の原始共産体制に基づく諸思想がいかんなく発揮され、冒頭で述べました「私的所有がなく、私有財産を持たず、生産手段を共有化する」社会へスムーズに移行していったと思われるのです。

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(本稿の記事は青少年教育上ふさわしくない表現が含まれますのでアダルトサイトでの投稿としました。)
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