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本論を閉じるにあたって=守るべき人類の遺産

人類の誕生と犬歯の退化

本論を閉じるにあたって=守るべき人類の遺産

1人類の誕生とその進化の歴史

 ここまで人類の誕生とその進化について、その多くを私の推理でもって長々と物語を展開してきましたが、要点を簡潔にまとめてみましょう。
①約500万年前の地理的隔離
 大地溝帯の北端に位置するアファール三角地帯で地殻変動が起き、ダナキル地塁は海に浮かぶ孤島となった。ここに生息していたチンパンジーとヒトの共通の祖先は、大陸から隔離されて生活の本拠をダナキル島の湿地帯周辺に置き、水生進化という独自の進化を始めた。
 その祖先は、どんどんヒトへの形質を整えていき、ついにメスの膣口が腹部に移動し切ってしまった。これによって、オスはペニスによるGスポットへの的確な刺激ができなくなり、メスはオルガスムを感じなくなって発情も消えてしまった。オスはペニスの陰茎骨を消失させて、霊長類髄一の巨根に改変したものの、無駄な努力に終わった。メスは性交を拒否するようになり、ペニスが膣に挿入されることはなくなった。
 これによって、ヒトの祖先の挨拶行為は、体毛の喪失もあって、キスと抱擁そして握手だけとなり、この挨拶行為を繰り返す中で、まれに接触射精するだけとなった。
 従って、射精というものは単なるオスの生理現象に過ぎず、挨拶行為の中でこれがまれに付随する、という理解しかしなくなった。
 こうして、性交の観念を喪失したことによって、性のライバルは存在しなくなり、まず、群内部におけるオス同士の争いが消失した。
 次に、水生環境での採食は群間のメスの混在を促し、また、群同士が頻繁に接触を繰り返すことになって縄張り意識が消えたことにより、群の形態が変化し、まず、父系から双系の複雄複雌群に変わり、引き続いてヒトに特有の「通い婚式」複雄複雌社会へ移行した。
 双系の複雄複雌群に変わった段階で、メスは群れ渡りしなくなり、大人オスが抱いていた嫉妬心が消え、群間の諍いを消滅させた。
 ここに、とうとう群の内外ともにオスの世界から一切の争いが消滅し、オスたちが暴力的な行為を取ることがなくなった。
 よって、犬歯を使う必要が全くなくなってしまった。
 使わないものは退化するしかなく、ここに「用不用の法則」が働き、アファール三角地帯に隔離されていた約200万年間の後半のおおむね100万年の経過でもって、ヒトは犬歯を大きく退化させてしまった。

②約300万年前の大地溝帯への移住
 再び地殻変動が生じて、ダナキル島の湿地帯は消滅してしまい、ヒトの祖先は大地溝帯の湖沼に移住した。しかし、その後の乾燥化により猛獣が進出してきて、夜寝るときは水面に浮かんで休むしかなくなった。そこで浮き島が考案された。これによって群社会に変化が生じ、1群20人程度の少人数に分かれて定住することになった。
 採食時以外の時間は湖面での生活となり、オス・メス間の挨拶行為も湖面で行われた。オスは、メスと挨拶行為を繰り返す中で、まれに付随する射精時に、体を突き動かす衝動から、あおり足が蛙足になり、ペニスを一気に膣に挿入して射精してしまうことがあった。
 これによって、オスは直ぐにピストン運動することを覚えたが、性交は簡単に終わり、射精を伴わないことが多かったので、メスにとっての性交というものは、信頼関係を結ぶための一連の挨拶行為の中の一行為に過ぎないとの理解しかなく、性交を特別視することはなかった。

③約200万年前以降の陸生生活
 その後の恒常的な乾燥化と大地溝帯の地殻変動により、水生環境の喪失が所々で起きて、完全な陸生生活を始めるヒトが登場した。
 ヒトの祖先は陸生生活をする中で代替食糧として芋を発見し、これを主食にした。出アフリカ組は、芋を求めての大移動であった。
 夜は夜行性の猛獣が格別に脅威となり、そこで、円錐形の小屋を作り、槍でもって防衛した。群の小屋は3つ作られ、大人オス、若オスと子供オス、メスと乳児という区分で、3グループ化された。
 大人オスたちは、暇を見つけては通い婚に出かけ、メスとの挨拶行為の最後にペニスを膣に挿入するに当たって、膣口辺りに付着している草の種や泥などを自分の舌で舐め取るしかなかった。このときクリトリスも舐めてしまい、そこがメスの最大の性感帯の一つであることを知った。
 そして、メスがクリトリス・オルガスムを味わおうとする段になって、オスはペニスを膣に挿入し、オスもオルガスムを味わうという、現代人の一つのセックスパターンが完成した。
 こうして、人はセックス革命を成功させた。
 しかし、セックスをすることによって、オス・メス間に一気に深い信頼関係が築き上げられてしまい、また、性交時間も長くなって、メスが頻繁にはセックスに応じなくなり、容易にはオスの誘いに乗らなくなった。 
 ここに、オスの誘いのテクニックが発達し、その上手下手によってオス間に順位付けができ、オスのリーダーが明確な姿を持って登場した。
 なお、この段階でセックスは秘め事になった。

④数十万年前からの火食
 そうした中で、ヒト社会は「火の利用」を覚えた。火の利用は、人類にとっての最初の文化大革命となった。植物性食品の火食が定着したことによって、運搬・共同調理・分配という、非常に高度な文化性を持った一連の行為を、群全員の合意でもって実現させたのである。
 これを可能としたのは、ヒトに特有の「犬歯の退化」によって獲得したところの「非暴力」の心から湧出した「やさしさ」と「思いやり」そして「気配り」の精神文化が育まれていたからである。
 ここに、所有権の放棄、勤労奉仕、そして食糧の適正分配という、原始共産体制を確立させることになった。これによって、私的所有権の観念が捨て去られるとともに、共同所有権の観念も弱まって、群同士がより友好的に接触を重ねることとなり、群れは安定した重層構造を作り出した。

⑤3万年前の「性交⇒妊娠⇒出産」の連関の発見
 ヒトは、ついに「性交⇒妊娠⇒出産」の連関を知ってしまった。これによって、性交の観念が急変し、ヒト社会に第2文化大革命の嵐が吹きまくった。女は一夫一婦婚を望み、そして家族を持つことを男に要求した。
 しかし、男たちは父性愛を完全に押し殺し、今までは格別に意識することのなかった「平等」という観念を強く押し出し、女たちに対抗した。
 一時的な混乱はあったが、女たちは男たちのわがままを慈悲深く許し、男たちが望んだ従前どおりの通い婚による乱婚社会が継続されることとなった。その結果、氏族や部族の男同士が、新たに芽生えた父性愛によって、より友好的になり、平和維持に大きく貢献した。
 なお、セックスは神聖視され、陰部を隠すという風習がこのとき初めて生まれた。

⑥古代文明発祥の悲劇
 男たちの父性愛がもとで人口が漸増し、新たな食糧として穀類を主食にせざるを得なかったがために、約1万年前から人口爆発が始まった。
 温暖気候のヒプシサーマルが約6300年前に終焉し、地球を襲った寒冷化によって、人々は食糧を備蓄するようになり、ついに所有権という観念に目覚め、そして私有財産が登場した。ここに古代文明が発祥し、原始共産体制は脆くも崩壊してしまい、戦争という最悪の暴力の発生をみた。

2 非暴力の心の生命記憶
 アファール三角地帯で人類が誕生して以来、ここまで物語ってきましたように、生活環境は、陸⇒水⇒陸へと激変し、また、偉大な2つの発明発見があって、ヒトは何度か大きく生活形態を変え、それに伴って社会生態も変化させてきたに違いありません。
 しかし、古代文明が発祥するまで、延々と数百万年の長きにわたって、不変、不動のものとして、全く揺るぎようがなかったのが、ヒトに特有の「犬歯の退化」によって獲得された「非暴力の心」です。
 特に、オスはこれを顕著に表出させ、皆が安心して暮らせる平和な社会を維持しただけでなく、ことある度に、より強固でより平和な社会体制の構築へと歩を進め、原始共産体制を確立し、さらには民主主義を制度化したであろうことを、私は誇りにしたいと思います。
 これらは、ヒトの「非暴力の心」から湧出する「やさしさ」と「思いやり」そして「気配り」の精神文化によって、はじめて成し得たものでしょうし、その精神文化もまた、数百万年の長きにわたって営々と育まれてきたに違いありません。
 このように、我々現生人類は、そのまた祖先からの累代にわたる数百万年もの途方もない長い期間、とぎれることなく「非暴力の心」をしっかりと醸成し続けてきたでしょうから、これが、ヒトの「生命記憶」として、心の奥底にしっかり定着してしまっているのではないでしょうか。
 もっとも、「こころ」が「生命記憶」として遺伝するなどということは非科学的であって、そんなことは有り得ないことだと、一笑に付されてしまうかもしれません。
 でも、遺伝の仕組みに関しては、余りにも未解明なことが多く、1個の受精卵が数十兆個もの細胞に分裂するなかで、同一種なり同一の亜種であれば、間違いなく、皆、同じような体形へと成長し、同じような形質を示すようになるのも、また不思議なことです。
 このことについては、新しい進化論を打ち立てられた西原克成氏が次のように述べておられます。なお、前段は人類水生進化説第3章で紹介しましたが再掲させていただきます。

 1個体、例えばヒトの発生をみたとき、卵子に精子が入り込むという単細胞生物の合体から始まって、多細胞化を進め、魚のような脊椎動物になり、ブタと変わらぬ哺乳類の形に成長し、最後にヒト特有の形質ができあがって誕生します。このように、個体発生は、こうした幾層にも積層した遺伝子レベルでの記憶が、同一種ごとにそれぞれの段階において間違いなく共通して発現し、系統発生を繰り返すのです。
 なお、それぞれの段階における記憶は、系統発生の各段階において、一定の行動様式を長く維持したことによって獲得された形質が、何らかのメカニズムで遺伝子レベルで固定されて残っているのです。
 次に、生命とは何かと言えば、それはエネルギーの渦そのもので、生き物で最も原始的な単細胞の原核生物の体内にもエネルギーが渦巻いているのですから、彼らにも心が宿っています。従って、原核生物と酷似した形質を備えている卵子や精子、白血球にも当然にして心があるのです。

 この西原克成氏の論をさらに膨らませていくと、個体発生の途上で体の形質が変わっていくのに併せて、「こころ」も段階をおって変わっていっても良いと思えるのです。
 例えば、これも人類水生進化説第3章で紹介しましたが、生後間もない赤ちゃんの誰しもが、親指以外の4本の指でぶら下がることができるのは、出生によって安楽な胎内から苛酷な環境へ放り出され、我が身を守るためには自力で母親の体にしがみつかねばならないという、類人猿時代に培われた「こころ」の「生命記憶」からでしょう。この現象は、単なる反射的対応ではありますが、これは決して形質の「生命記憶」ではなく、無意識下のものではありますが、明らかに「こころ」の「生命記憶」に基づくものです。
 こうしたことから、身体の機能は、同一行動を累代にわたって取り続ければ数百万年もすれば完全に定着し、「生命記憶」となって遺伝してしまうように、「こころ」も同様にして、数百万年もすれば「生命記憶」に組み込まれて遺伝してしまうと考えて、何らおかしくないでしょう。
 ちなみに、ヒトと近縁のチンパンジーにはチンパンジーに特有の気性があり、ゴリラにはゴリラに特有の気性があるというふうに、彼らの気性、つまり「こころ」には、はっきりと違いがあります。これも、遺伝による「生命記憶」が元になっていることは疑いようがないことでしょう。そして、彼らのこの「こころ」も、無意識下に存在する「こころ」そのものであることでしょう。
 従って、ヒトには彼らとはまた違った気性、つまり「こころ」が持ち備えられているのは当然のことになりましょうし、ヒトに特有の「犬歯の退化」によって獲得された「非暴力の心」が、「生命記憶」としてしっかりと遺伝していると考えて良いのではないでしょうか。
 人は幸いにも、まだ「暴力の心」に目覚めさせられてから高々数千年しか経っていませんので、我々現代人は、「非暴力の心」の「生命記憶」を決して失っていないと考えてよく、理屈抜きに絶対的に「非暴力」でなければならないという無意識的な認識を「こころ」の奥底にしっかりと持ち備えていることは、間違いのないことでしょう。
 例えば、他人から「暴力」でもって何かを得たとしても、そこには必ず後ろめたさが残り、いつまでも良心の呵責に苦しむことになることからも明らかなことです。

3 非所有の心はどこへ行く
 「非暴力の心」に加えて、ヒトは概ね数十万年前に火食を始めたことによって、さらに一段高い精神文化と言えます「非所有の心」に目覚め、つい最近まで、この心を変わることなく持ち続けてきたことでしょう。
 でも、「非所有の心」の醸成期間は、数百万年も続いた「非暴力の心」のそれに比べれば1桁下です。
 十数万年前に陸に上がったと思われます我々現生人類が、地球の重力をもろに受ける陸生生活に、まだ不完全にしか適応できていない“身体障害者”であるのと同様に、残念ながら「非所有の心」もまだ「生命記憶」としては不完全な状態にあると言えましょう。
 宗教や思想においても、「非所有の心」を明確に打ち出しているのは、インドで生まれたジャイナ教の「不所有」の教義と、北米インディアンの「ギブ・アウェイ」の思想だけのようです。なお、19世紀半ばに登場したマルクスの思想も「非所有の心」に基づくものでしょうが、これを導入した共産主義国家は皆、直ぐに独裁的官僚支配による腐敗が始まってしまって、理想とはほど遠いものになり、脆くも崩れ去ってしまいました。
 しかし、私有財産を肯定し、それを保証することによって成り立っている今日の資本主義国家にあっても、所得の再配分や社会福祉の充実が力強く推し進められています。これらの政策の本源は、ヒトに特有の「非所有の心」にあると言っても良いのではないでしょうか。
 ここに、どれだけかの救いがありましょう。そして、新たな思想を創出し、再び人々が「非所有の心」を取り戻し、心豊かな社会を構築すべく、地道な努力を続けていかねばなりません。
 私には、これはさほど難しいことではないように思われます。といいますのは、ジャイナ教在家信者のインド人商人は、その「不所有」の教義から蓄財が制限されていて、暴利を貪ることは決してなく、ために異教徒からの信用が厚く、インド人口の0.5パーセントに満たない少数宗教であるにもかかわらず、インド経済界で確固たる地位を占めているという、模範的な例があるからです。

4 人間性の本質
 ここまで、ヒトの「非暴力の心」がどのようにして育まれ、ヒトの心の中にどのような状態で存在しているであろうかについて、物語ってきましたが、「非暴力の心」というものは、ヒトがヒトとして、また、人が人として生き、そして、安寧、平和、平穏な社会を維持するために必要不可欠なものであったことは、はっきりしています。
 いずれにしましても、何度も繰り返し申しますが、ヒトがヒトとして、他の霊長類に対して唯一誇り得るもの、それは「非暴力の心」しかないのです。そして、確固たるこの心に支えられて、はじめて「非所有の心」も持ち続けることができましょう。
 人類の遠い遠い祖先のオスたちが、散々に苦労したものの“性的健常者”になることができず、“性的身体障害者”で在り続けたことにより、これが幸いし、自然と手に入れることができた「犬歯の退化」という形質の変化、そして、これによって獲得でき、延々と数百万年にわたって醸成してこられた「こころ」が「非暴力の心」なのです。
 世界中の人々の誰しもがしっかりと持ち備えている「非暴力の心」に素直に従い、それでもって行動を起こしさえすれば、世界が、国が、地域が、家族が、そして自分が、揺るぎようのない安寧で平和で平穏な毎日をおくることが可能となるに違いありません。
 我々人類は、その英知でもって今後とも生き長らえ、進化し続けることでしょうが、決してドラキュラごとき“牙が生えた裸の猿”に逆戻りさせてはならないのです。
 人間性の本質、それは「非暴力の心」なのですから。

 次ページ ⇒ 人類の誕生と犬歯の退化「あとがき」 (2月下旬投稿予定)

(本稿の記事は青少年教育上ふさわしくない表現が含まれますのでアダルトサイトでの投稿としました)
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