FC2ブログ
RSS

人類の誕生と犬歯の退化「あとがき」

あとがき
 山歩きが好きな私が20歳のときに不思議な体験をしました。
 それは、富士山の五合目から三合目までの登山道を一人で下ったときです。その日は風が全くなく鳥のさえずりも遥か彼方からまれに小さく聞こえるだけでした。絶えず聞こえてくるのは自分のキャラバン・シューズの足音だけです。暫く下って両側が緑豊かな低木帯、といっても自分の背丈を超える高さがありましたが、そこに差しかかると登山道は分厚い苔で覆われ始め、その苔を踏み付けるのが何だか申し訳ない気分になって、そっと歩を進めていきました。それがどこまでも続き、その苔もどんどん分厚くなって、とうとう自分の足音さえも一切感じなくなってしまったものですから、奇妙な気分になりました。そこで歩を止めました。
 すると、自分の体がスーッと周りの木々や苔の絨毯に拡散し始め、自分と大自然が一体化してしまうような感覚に陥りました。
 自分が消えてなくなってしまう。怖い! 何だろうこの感覚は?
 そのときは、これはきっと何かの錯覚だろうと考えました。周りからは物音一つ聞こえないし、自分の足音も聞こえなくなったのだから、おかしな感覚が生じただけだろうと。そこに立ち止まっていた時間は記憶に定かではありませんが、多分1~2分間の短い出来事だったと思います。でも、40年経った今でもその感覚ははっきりと蘇ってきます。

 10年近く前に宗教に興味を持ち、幾冊かの本を読む中で仏教はどのようにして誕生したのかを知りました。その中で興味を覚えたのが、西北インドでは紀元前8世紀頃から多くの哲学者、思想家、宗教家たちが一人静かに深き森の中に入り込んで座禅を組み、あるいた立ったままで思索に没頭したとのことです。彼らは、「アートマン」(自己:語源は呼吸、漢訳では我)と「ブラフマン」(万有の根本原理であり、宇宙に充ち満ちる力:語源は増大・拡大するもの、漢訳では梵)とが一体になること、つまり「梵我一如(ぼんがいちにょ)」が真理であると考えるようになったとのことです。
 それを知った後、何度目かに「梵我一如」という言葉が目に入ったときに、フッと富士山で感じた不思議な体験を思い出し、“なるほど、あれはそういうことだったのか”と思えました。
 あのとき、自分が呼吸していることを知覚していたのかどうかは記憶にありませんが、自分が増大・拡大するように感じたあの体験は、「アートマン」と「ブラフマン」とが一つになったように思え、古代インドの彼らの思考方法が身近に感じられ、何となく理解できるようになりました。
 紀元前5世紀前後なると、釈迦をはじめ多くの哲学者などが深き森に入り込んで瞑想する中で、真の自己とは何かということに強く関心を寄せたようです。自己の探求です。
 なお、真の自己とは、その時点での自分の心や体とは全く異なる永遠なるものと考えたようです。なぜならば、自分の心や体は盛衰し、揺れ動くものであるので、それは決して本質的なものとは認められないからです。
 従って、自分の深部にあって一貫して不変なものを真の自己とし、それを掘り起こさんとして思索に没頭したようです。
 そして、当時の西北インドでは「輪廻転生」の世界観を強く持っていましたから、人が死んで何かに生まれ変わろうとも、究極の真の自己だけは不変不滅と考えるしかなく、その自己とは何かを探求したのです。
 これは、哲学の世界においてもっぱら形而上学的に取り扱う事項で、行き着いた先は「真の自己とは決して知りえないものであり、人が知り得る全てのものの外にあるもの」となってしまいました。
 これを早々に見抜いたであろう釈迦は、真の自己の探求などという、何の役にも立たない哲学上の問題については思考を中断させ、現世的な自分探しを行い、何をどう実践するかを深く思索したようです。そして、考察し尽くした末に揺るぎない智慧を体得し、人の生き方についての教えを説いたようです。こうしたことから、釈迦自身は思想家であって哲学者でも宗教家でもなかったと私は考えています。
 釈迦の没後において、その弟子のまた何世代か後の弟子によって、釈迦の思想を元にして仏教を誕生させたのが、どうやら本当のことにようです。

 釈迦と同時代に活躍した人物の中に、既に誕生していたジャイナ教を改革したマハーヴィーラがいて、相互に深く影響しあったようでして、初期仏教とジャイナ教は類似性が高いです。大雑把に言えば、初期仏教の教えをより徹底して厳しくしたのがマハーヴィーラのジャイナ教と考えて良さそうで、こちらの方が理解しやすいですから、ジャイナ教の中に当時から存在する戒律、大誓戒について見てみることにします。

 ジャイナ教の大誓戒は、非殺生(生き物を殺すなかれ)・非妄語(偽りの言葉を語るなかれ)・非与取(与えられないものを取るなかれ)・非淫(セックスするなかれ)・非所有(何物をも所有するなかれ)の5つからなり、出家信者にはこれを徹底させ、在家信者にはこれを少し緩めた小誓戒が適用されますが、それでも相当に厳しいものです。
 ここで、私には少し奇異に思えることが3つ生じました。
 第1に「非殺生」です。「不殺生」とも言われますが、これは仏教にも色濃く存在し、動物を殺して食うなと解説されています。また、これの意味するところは、生き物に対して暴力を加えないことも含まれるのですが、人が人に対しての戒律は、非妄語と非与取の2つしかなく、人に対しての非殺生や非暴力を戒律に入れていません。これはどうしたことでしょう。現代人の私には、この点がとても奇異に思えてしまうのです。
 この疑問はやっと最近になって解消しました。当時の人々は輪廻転生の世界観をしっかり持っていたようですから、人も動物も等しく生き物と考え、生き物の中に人も加えて理解していたのではないかと、私には思えてきたからです。従って、「非殺生」を「非暴力」という言葉に置き換えて理解する必要があるのではなかろうかと思っています。そうすると、なぜ「非暴力」でなければならないのか、と思索を進めていけるようになるからです。
 次に「非淫」ですが、「淫」は“みだらな”という意味ではなく、セックスそのもののほか、女性を注視することまで含まれ、出家修行者にあっては、仏教とてこの戒律を持つ宗派が多いです。
 なお、在家信者に対しては、「非邪淫」を戒律とし、浮気をするなとか買春するなといったことになるようです。
 在家信者に対する戒律は理解できますが、出家修行者の戒律は、理解に苦しみます。人の道を説く者が、人の道を踏み外しているように思えてしまうのです。子供を作らないことが、どうして人の道かということです。しかし、出家修行者は「非淫」を厳守します。
 この人類を滅亡させる行為が、絶対に正しい道として認識されるということは、ここに何かが隠されているのではないかという思いがするのですが、それが何であるのか、直ちには見当が付きません。
 3つ目に「非所有」ですが、初期の出家修行者は、衣服を纏うことなく裸体での生活で、今日でも宗派によってはそれが見られ、持ち物も修行に必要な最低限のものに限られていて、こと細かに取り決められています。
 また、人は食べなければ生きていけませんから、修行者も毎日のように施し物をもらって生活するのですが、非所有の観点から銭をもらうことは禁止され、托鉢に回る時間帯は制限され、これを他の物と交換することも許されず、施しを受けたら直ぐに食べるのがよしとされています。おまけに、うまそうに食うな、生きるためにやむを得ず食べていると考えよ、とまで言います。加えて、時々の断食修行、それも長期にわたるものです。
 食うことに関して、なぜにここまで徹底して非所有を貫徹せねばならないのか、現代人の私にはとても理解できません。
 裸体から長期断食までのこうした一連の生活は、動物の生き様そのもののように思われ、人は猿に戻れと言わんばかりです。

 このように、非殺生・非淫・非所有の3つの戒律は理解に苦しみます。
 さらに、動物を超越したところにある非殺生と非淫、人を動物並みに陥れる非所有が並列するのですから、頭が混乱してきます。
 こうした戒律が揺るぎない絶対に正しい規範として認識されるに至ったのはどうしてか。このことについては、宗教の解説書には、戒律は解脱を目指すために、まずは守らねばならない修行者の勤めとしか書かれていません。納得できる説明が全くないのです。
 ここは自分で探し出すしかない。なぜだろう、どうしてだろうと様々に思いを巡らせていたら、…これは次元の低い瞑想の一種なのでしょうが…、古代インドの哲学者たちも、真の自己を探し求めるための瞑想を繰り返す中で、真の自己には到底到達し得ないものの、心の奥底に潜んでいる一定不変な何かを見つけ出していたのではないかと思えてきました。
 もっとも私の瞑想なるものは、いいかげんな浅いものでして、猿にでもできる反省をするぐらいのことで、自分は煩悩の塊であろう程度で止まってしまい、人間性悪説にたどり着くのが関の山でした。自分の心を正直に表すと、100%「暴力の心」しか宿っていないのではないかという気持ちが強かったです。自分も、「暴力はよくない」と口では言いますが、それは、自分が「暴力の心」で凝り固まっていますから、欺瞞的に語るだけでのことで、ご都合主義的な「非暴力の心」の持ち出しであって、まやかし以外の何ものでもない、と結論付けられてしまうからです。
 しかし、古代インドの彼らは人間性善説に立っているとしか思えず、きっと心の奥底に潜んでいる何かを引っ張り出し、それは人が生きている間の一代限りのものではあるものの、一定不変なものであって、その心を持ち続けねばならないとして、ジャイナ教の大誓戒となったのではなかろうかと、何となく思えてきました。なお、釈迦はそこで思考中断したのでしょう。しかし、他の多くの哲学者などは、引き続き瞑想を重ねることによって、さらにその奥の奥にある不変不滅の真の自己が引き出せるのではないかと考えたのではないでしょうか。
 深き静かな森に入り込んで瞑想していると、熟練した修行者には植物が呼吸していることまで知覚できるというから凄いものです。ほんまかいなと疑いたくなりますが、深く瞑想していけば、知覚も鋭敏となるでしょうから、そうしたことも有り得るのではないでしょうか。

 ここで、がらりと視点が変わりますが、人類進化の歴史をたどっていく中で面白いことに気が付きました。
 それは、「非所有の心」です。この心は第4幕で考察しましたが、人類が共同火食を始めたことによって醸成が始まったと考えるしかありません。これを行うためには、あらゆる所有権を放棄しないことには実現しないからです。そして、この非所有の心を数十万年にわたって持ち続けたであろうから、この心が現在の人の心の奥底にも沈着している、つまり、生命記憶として残っているのではなかろうかと思えてきたのです。
 次に、性について人類進化の歴史をたどっていくと、ヒトと共通の祖先から分かれたチンパンジーが、いとも簡単に完璧に性交して両性が快悦を楽しんでいると思われるのに対し、人にあっては、セックスは男を満足させるものの、女性は相当に苦労しており、苦痛しか感じないことが多いです。そして、女性は、哺乳動物では唯一発情しなくなっています。
 こうしたことから、ヒトは進化途上のどこかで、あまりに急速な形質変化に着いていけなくなり、ついに性交不能に陥ってしまい、これが長く続いたのではなかろうかとの思いを抱くに至りました。これでは子孫が残せず、人類が滅亡してしまい、矛盾することになりますが、精力絶倫であれば精液をビュッとほと走らせることができ、それがたまたま膣口に付着すれば妊娠可能で、子孫は何とか残せるでしょう。この生殖方法が当たり前という時代が長く続いたとすれば、それがヒトの生命記憶として残り、古代インド人の心の奥底にも沈着していて、それが「非淫」の戒律として蘇ってきたのではなかろうかと思えてきたのです。
 最後に「非暴力の心」ですが、これはきっと「非淫」と密接不可分の心でしょう。動物、特に霊長類において、分けても大型類人猿にあっては、性を巡ってのオス同士の争いが熾烈を極めます。
 彼らの社会を調べるうちに、暴力の起源は性にある、と言っても過言ではないと私には思えてきました。従って、「非淫」が当たり前の社会にあっては「非暴力」も当たり前のことになって、暴力を超越した、と言うよりは、暴力という行為そのものを知らない人類が、長い期間にわたって存在していたのではないかと思えてきたのです。
 こうして、暴力というものを知らない心が人の心の奥底に沈着してしまっていて、これが瞑想によって呼び覚まされ、「非殺生(=非暴力)」の戒律になったのではなかろうかと。
 このように、進化の歴史から思いを巡らせていくと、当初私が奇異に感じていたジャイナ教の大誓戒の中の「非殺生(=非暴力)・非所有・非淫」が、すんなりと理解できるようになりました。偶然の一致にしては、あまりにもうまく出来過ぎていますから、なにやらここに本質が有りそうな気がしてきました。
 なお、ジャイナ教の大誓戒の「非殺生(=非暴力)・非所有・非淫」は20世紀になっても生き続けています。インド独立の父、ガンジーはヒンズー教徒ですが、ヒンズー教は宗教のデパートのようなもので、数多くの宗教が吸収されており、ジャイナ教の一派もそうでした。その宗派の熱心な信者である母親の影響があったと思われるのですが、ガンジーは何と30代半ばという若さにして「非淫」の生活に入り、独立運動に当たっては私財を投げ打って質素な生活をするという「非所有」を選び、そして「非暴力」主義を貫いて、インド独立運動の偉大な指導者になりました。
 私にはなかなか理解できなかったこの3つの戒律を、出家修行者でもない俗人が貫徹したということは不思議です。単なる信心によって戒律を守ったとは思えません。ガンジーは弁護士の仕事をする中で人の差別の矛盾を痛切に感じたようで、そうした中からジャイナ教の大誓戒と同じところにたどり着いたのではないかと私は思っています。

 さて、本書の本題である「犬歯の退化」ですが、先に述べましたように、暴力の起源は性にあると思えますので、「非淫」の生活を幾世代にもわたって続けていれば、男は自然と「非暴力」の心を持つに至ってしまう、と考えて良いでしょう。そうなれば、犬歯はその存在目的を失い、退化するに任せるしかないことになります。使わないものは必ず退化することは、進化の歴史がそれを証明しています。
 では、「非淫」の生活がどのようにして起きてしまったのか。これは、人類がいったん水生生活をするようになって、それに十分馴染んでから、再び陸に戻ったという、エレイン・モーガン女史の「人類水生進化説」に立てば、その間のヒトの急速な形質変化により、「性交不能」となってしまった可能性は無きにしも非ずと言えます。そして、その後、再び「淫」の生活を取り戻しつつ、今日に至っているのでしょう。
 こうして、「犬歯の退化」がいつどこでどのようにして起きたのかがおぼろげながら見えてきたのです。そして、自分が当時のヒトになり切って、その当時のヒトはどのように考え、どのように行動したであろうかを思い巡らせた結果、「非淫」の生活が長く続いた時期が推察できたのです。でも、これは「人類水生進化説」という仮説の上に立てた仮説ですから、単なる物語に過ぎません。
 しかし、勝手な解釈ですが、宗教の戒律という全く別分野からのアプローチにより、どれだけかの裏付けが取れたのではないかと思っています。

 これまで、「犬歯の退化」について、宗教の戒律、生物の進化、遺伝と、順序立てて、その関連を含めて、私の思索の様を説明して参りましたが、最初からこうした思考ができたわけではありません。
 こうしたものを別々に、また2つを関連させたり、はたまたバラバラにしたり、ここには紹介しなかった別の事項を持ち出したりして、様々に思いを巡らせていくうちに、異質の事項であっても何となくモヤーッと関連しているような感じがするものが脳の中に幾つか現れ、そのうちに深い靄(もや)がだんだん薄くなり、その靄が晴れ上がったときには、「犬歯の退化」と「非淫」と「非暴力」がしっかりと結び付いてしまっていたのです。
 この思考方法は、アインシュタインが得意とするところでして、彼は「光の速度の絶対」と「物質」と「エネルギー」という全く異質のものについて、既成の概念に囚われることなく、別の概念を持ち出したり、純粋化したりとあれこれ思い巡らしている中で、この3つがぼんやりと相互に関連しているような感覚がしてきて、それが多少明瞭な像となって脳裏に現れ、ついに「E=mc二乗」という関係式に到達したようです。物質には膨大なエネルギーが詰まっており、物質とエネルギーは相互に変換し得るという予言です。当時の学者たちには、この予言は、にわかには信じられなかったようですが、後に実験によって証明された特殊相対性理論です。
 私は、アインシュタインのこうした思考方法を採用し、それぞれの言葉の定義や概念を自分勝手に膨らませたり置き換えたりしながら、また、自分勝手にある法則を全く別の事項に適用したりして、既成概念に縛られることなく自由に思い巡らすという方法を取ることによって、「犬歯の退化」と「非淫」と「非暴力」がしっかりと結び付き、物語を完成させることができたのです。
 私のこの物語も予言の一種ですが、残念ながら後の世において実証されることはないでしょう。なぜならば、論証不可能な事柄であるからです。
 でも、単なる物語とは思っていません。人の心の中、分けても男の心の中に、今日においても「非暴力の心」が、はっきりと心の奥底に刻み込まれている可能性が高いことが推し量られるからです。

 しかし、心配なこともあります。それは、人の心の奥底に「非暴力の心」があったとしても、さらにその奥には、悲しいかな、チンパンジーの“暴力の心”があるはずだからです。
 今日、暴力思想が闊歩しているのは、文明が原因してなのか、はたまたチンパンジー流の暴力思想が表出してきたのか、そのどちらかということは、私には全く分かりません。文明が生まれ出た頃の古代インド人の人々の多くは前者でしょうが、今日のぞっとするような凶悪犯罪の多発は後者とも思えてしまいます。
 そうなると、空恐ろしいことになってしまいます。犬歯の復活です。牙を持った人類への進化です。そんなことが絶対にあってはならないです。
 我々人類、特に男は、全くのできそこないの動物であり、何の取り柄もないのですが、かつて動物たちのオスの誰も持ち合わせていなかった「非暴力の心」を、つい最近まで持っていたのは確かなことですから、これを唯一の誇りとしたいですし、是が非にもこれを持ち続けたいです。
 現代文明社会の人々は皆、誕生後に培われた「暴力の心」と、心の奥底から滲み出し湧き出す「非暴力の心」の狭間で悩んでいるから、その悩みの爆発が、どの動物にも見られない陰湿な暴力行動へと向かわせているだけであると、私は信じたいです。

 暴力の概念も文明が高度化するに従って変わってきます。今日の日本においては、財産、身分、学歴、資格といったもので、人より抜きん出てライバルに打ち勝つことを目指しています。法人にあっては組織力を高めることによって、競合する弱小法人を潰しにかかったりしています。また、教育においては幼少から塾通いさせ、皆と競うよう仕向けています。これらは、全て暴力の範疇に入るでしょう。こうして子供も大人も組織も皆、「競う」という暴力が渦巻く中に置かれています。
 私は、ここまで、「非殺生」を「非暴力」という言葉に置き換えて物語ってきましたが、これは20世紀に当てはまることであって、これからの時代においては、さらに、「非暴力」という言葉を「競わない」という言葉に置き換えねばならないと思います。
 人の心の奥底にある根源の「こころ」を正確に言い表そうとしても、それは賢人ソクラテスが言うように、文字には文字の限界があって、文字からは大切なものが抜け落ちてしまい、正確に表現することが困難であることは、私もよく承知しているものの、これからの時代、それに最も近い言葉は「競わない」ことであろうと思われるからです。
 ここに、新たな思想の創出が待ち望まれます。釈迦の時代の「非殺生」から、ガンジーやキング牧師の「非暴力」へ、そして21世紀は「競わない」心をしっかりと持った思想への転換です。
 これは既に芽吹き、今、花開こうとしています。小林正観さん(故人)がそうです。その思想の一端を最後に紹介して本論を閉じることとします。長時間にわたるご精読に深く感謝申し上げます。

「未来の知恵」シリーズ8
 ただしい人からたのしい人へーもう一歩奥の人格論ー(小林正観著[弘園社])
 第5章 力を抜いて生きる
「き・く・あ」の思想
「き・く・あ」という言葉は聞きなれないものだと思います。私が作った造語ですから、一般的には知られていないでしょう。
「き・く・あ」とは、「競わない・比べない・争わない」の略です。
 前述しましたが、「幸せ」というものを追い続けていった結果、私の中でわかったことがあります。それは、すべての人が指をさして「これが幸せだ」と言える事物や現象は地球上に(宇宙にも)存在しない、ということでした。「幸せ」というのは、その人が「幸せだ」と思ったら、その人にのみ帰属して存在する、というのが私が到達した宇宙的な結論なのです。
 では、「幸せ」は「感じるもの」であるならば、なぜ皆がそれを感じることができないのでしょうか。「幸せ」の構造は大変簡単であるにもかかわらず、多くの人が「幸せ」を手に入れているとは思えません。なぜか。
 それは、「競うこと」「比べること」「争うこと」を前提として生きることを教え込まれてしまったからです。人と競うこと、比べること、争うことで人より抜きん出て、初めて「えらい」とか「立派だ」とか「素晴らしい」という評価をされる、という価値観で生きる日々を送ってきました。 
 もともと学校教育というものがそうでした。「相対評価」というものでクラスの中の上位何%にいる人を「5」、下位何%にいる人を「1」とランク付けし、そのランク付けの競い合いの中で人材を育成するという教育を日本の教育界はとってきたわけです。
 その結果、私たちは「幸せとは、競うこと・比べること・争うことで初めて手に入るのだ。人より抜きん出て、勝ち続けることが、幸せを手に入れる唯一の道である」と信じ込まされてきました。
「優勝」という言葉は、実は、「優勝劣敗」という四文字熟語の上の二文字です。「優勝劣敗」とは、「優れたものは勝ち、劣ったものは負ける」という思想です。あまり楽しい言葉ではありません。しかし、私たちは「勝つことが正しいことであり、勝つことや抜きん出ることが優れていることの証である」と教え込まれてきました。
 その20世紀的な価値観から、そろそろ抜け出してもよい時期に来ているのではないでしょうか。
 21世紀は、「競うこと」「比べること」「争うこと」を基本的な価値観とするのではなく、「競わないこと」「比べないこと」「争わないこと」を基本的な価値観とすることはできないものでしょうか。
 競うことではなく、自分が楽しいと思えるような(この瞬間だけではなく、未来にわたって継続できるような、楽しい)生き方をするということにほかなりません。
 自分の生活の中で「他人とは比べない」「世間と比べない」ということが身についたら、生きることがどれほど楽になるかわかりません。(了)

(本稿の記事は青少年教育上ふさわしくない表現が含まれますのでアダルトサイトでの投稿としました)
スポンサーサイト
デリヘルもソープもイメクラも気に入った子がきっと見つかる
超大型リニューアル中の大好評風俗情報サイト!
[PR]

トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント
▼このエントリーにコメントを残す

   

プロフィール

永築當果

Author:永築當果

検索フォーム

カテゴリ

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム