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人類水生進化説 第3章 これが本当の進化の法則

第3章 これが本当の進化の法則

 さて、これより、人類がどのような経路をたどって進化をしてきたのかを探っていくこととしたいのですが、その前に、少々複雑になりますが、進化についての法則や説を紹介することから始めましょう。
 今までに、論とか仮説(説)とか法則という言葉を断りなく使ってきましたが、これらの用語は曖昧な使われ方をされることが多いのですが、本サイトにおいては、次のとおり、フリー百科事典「ウィキペディア」における、自然科学についての記述方法に従い、明確にして使うこととします。

<仮説>
 ある事実を合理的に説明するために仮に立てる説ですが、全称命題(一つの集合を構成する全ての項について、ある性質を肯定する命題)の形式で表された仮説を、実験・観察などによって事実との合致が検証可能なものを「科学的仮説」と言います。これに対して実験・観察などで検証が不可能なものを「擬似科学的仮説」と言います。
<法則> 
 ある物事と他の物事との間に一定の関係があるときに、その関係を指す言葉で、その関係が必然性や普遍性を持ったり、または、持つらしいことが示唆されます。
 かつて、法則は実験・観察などを繰り返すことによって帰納的に得られるものとされていましたが、今日では、取り敢えず仮説を立てて、その仮説から具体的・個別的な命題を導き出し、その命題を実験・観察などで検証し、それが全て立証されれば、法則に格上げされます。
 ただし、例外のない法則はないのであり、ある法則に当てはまらない物事が新たに見つかると、その法則は適用範囲が限定されたり、修正されたりします。
<論>
 ある事象に対して順序立てられた思考・意見・説をまとめたもので、真偽に関わらず、こうした形式を踏むものは、全て論です。仮説として存在可能ですが、最終的には「正論」、「空論」などの評価が定まります。
<理論>
 事象を合理的に説明するための論述で、決定的な意義をもっています。複雑な現実を単純化し、複数の原理や法則で体系化され、その真偽を問うことが可能なものでなければなりません。

1 ダーウィンの進化論
 学校の教科書にも登場するダーウィンの進化論は、一般人のみならず、学者間でも、あたかも「理論」であるかのように思われていますが、こうした定義からすると、単なる「論」の域を出るものではないですし、「仮説」と言えども「擬似科学的仮説」の様相が濃いものです。
 ダーウィンの進化論の骨子を序章で示しましたが、その根底をなすところの“進化は1個体の優位性に端を発する”という「仮説」は、果たして、実験・観察などで検証されたことがあるでしょうか。
 植物には観察例が少しばかりありますし、昆虫にも、それらしき観察例が1例ありますが、脊椎動物においては、実験例も観察例もありません。
 なぜならば、脊椎動物がこの仮説に従って進化するとしても、少なくとも万年単位の時間が経過しないことには、明確には判明し得ないものでしょうから、この仮説は検証不可能な「擬似科学的仮説」になってしまうのです。つまり、単なる物語の域を出ない、非科学的なものとして扱わざるを得ないのです。
 ところで、進化について誰もが注目するのは、どのようにして人類が誕生したのかでして、ダーウィンもそうでした。猿から人へどのように進化したのか、その謎解きを行いたいのです。
 そのためには、まずは霊長類の進化をしっかりと調査研究することによって、その中から何かしらの法則性を見つけるしかありません。
 もっとも、霊長類だけでは事例が不足するでしょうから、欠ける部門については、補完的に哺乳動物まで広げ、もう少し広げるにしても脊椎動物までとすべきです。
 と言いますのは、動物界は、あまりにも幅が広過ぎ、脊椎動物に勝るとも劣らない高度な進化を遂げているアリなどの昆虫は、その体の大きさからして、地球の重力の影響を受けないで進化してきていると考えざるを得ない形質を持ち備えていますから、進化の法則を同じように当てはめることはできないと思われるからです。ましてや、植物に至っては、生き方そのものが動物とは大きく異なり、その進化は全く別の法則に従っていると考えて良いでしょうから、検討の対象外とすべきです。
 さて、ダーウィンが論じた、“進化は1個体の優位性に端を発する”という「仮説」に対して、多くの自然観察を通して分かっているのですが、自然界では1個体の優位性は集団に隠されてしまうのが実情です。
 家畜化された動物が、再び野生化した場合がその良い例ではないでしょうか。
 彼らが野生の状態に戻れば、1個体の優位性は、完全に雑種の中に埋没してしまい、世代を重ねるに従って、その特質は一切表出しなくなると思われるのです。
 その雑種の状態の野生動物を、人間が家畜化を進める中で形質分離操作を繰り返して、優位な特質を引き出してやり、無理やり亜種を作り出します。
 これが品種改良で、優良な品種の家畜の誕生です。
 こうしたことからも、1個体の優位性でもって進化を説明することには相当な困難性があるのですが、突然変異という現象を数多く当たっていくと、これが説明できそうな事例が幾つか存在します。

2 突然変異で進化する?
 少々長い解説になりますが、突然変異という現象が進化とどのような関わりを持っているのかを、まず探ってみましょう。
 ダーウィンの進化論を支持する学者は、生物進化の機動力は、突然変異が全てであるかのように考えていますが、少数派であるものの、何人かの学者が、これに大きな疑問を抱いています。
 それをかいつまんで説明しましょう。
 昆虫に強い放射線をかけると、突然変異体が発生することがあります。
 特に、ショウジョウバエが有名で、体長3ミリメートルと小さく、わずか10日で世代交代しますから、観察に好都合となり、盛んに研究されています。
 しかし、この突然変異体は皆、奇形で、優位な形質を備えたものは皆無です。
 自然界に放置すれば子孫を残し得ないものばかりで、突然変異によって種が進化することの証明にはなっていません。

 このように、優位な形質を突然変異で作ることは至難の技なのに対して、劣位の形質を突然変異で作ることは至って簡単でして、これは自然界においても、数多く見付かっています。
 例えば、真っ暗闇に住んでいる深海魚は、目を著しく退化させてしまっていて痕跡しか残しておらず、もう元には戻らなくなってしまっています。深海は光が届かない世界ですので、視覚を司る器官の遺伝子に突然変異が起き、たとえ視力を失ったとしても、何ら支障がありませんから生きていけますし、子孫も残せるのです。
 次に、霊長類の場合ですが、真猿類の多くは「ビタミンC合成酵素」の生産能力を喪失しています。彼らは植物を多食しますから、体内でビタミンCを合成する必要はさらさらなく、その酵素を作る遺伝子に突然変異が起きて、その機能を失っても何ら問題が生じないのです。類人猿やヒトも同様にその機能を失っています。
 さらに、類人猿ともなると、霊長類の多くが持つ「尿酸酸化酵素」の生産能力をも喪失してしまいました。動物性食品つまりタンパク質を摂取すると、それがエネルギー代謝されて、尿酸が大量に発生します。これは、リウマチを発症させることがあります。そうでなくても、指の関節に炎症を起こす危険性があり、樹上を渡り歩く猿にとっては、これは致命傷となります。
 従って、昆虫を常食する原猿類や一部の真猿類は、尿酸を有益なアラントインに化学変化させる「尿酸酸化酵素」をしっかりと働かせています。でも、完全な植食性になってしまえば、タンパク質がエネルギー代謝されることは少なくなって、尿酸の発生はごくわずかとなり、その酵素が突然変異によって働かなくなったとしても何ら支障がありません。
 こうして、類人猿もヒトも、その機能を失ってしまったのです。
 こうした突然変異による遺伝子の喪失例は、数限りなく見付かっているのですが、これらの仕組みは容易に理解できます。

 遺伝子は、タンパク質を作る設計図で、その遺伝子は繰り返し何度も複製されます。新陳代謝で新たな細胞が作られるとき、その都度、遺伝子が複製されるのですから、コピーと同質です。
 ところが、我々がコピー機で設計図をコピーするとき、ガラス面にゴミや髪の毛が乗っていたりすると、それも一緒にプリントしてしまい、このときに設計図が書き換えられるという間違いが起きてしまいます。生物の突然変異も、このようなタンパク質を作る設計図の何らかの書き換えによって起こるのです。
 その原因は、放射線や紫外線などの電磁波であったり、病原菌が生産する毒素や体内で発生する活性酸素などの化学物質であったり、体内に侵入して増殖するウイルスであったりするようですが、それらが単独で、あるいは複合して関与すると考えられています。
 設計図のミスコピーは、通常は1回ではわずかなもので、それを基にしても何とか正常なタンパク質が作られますので問題ないですが、これが度重なると、いつしか設計図は読み取り不能となってしまい、正常なタンパク質が作れなくなって、やがて機能を停止するに至るのです。
 こうなると、その突然変異そのものがその個体の形質として表出します。
 こに紹介しました遺伝子の喪失例がそうですが、遺伝子が駄目になっても生きていく上で何ら支障が生じませんから、壊れるがままに放置され、その残骸遺伝子が数多く見付かっているのが現状です。
 そして、こうした遺伝子の突然変異は、同一種が同一の環境で暮らしている限り、当然のことながら、特定の1個体にのみ起きるのではなく、その種の全ての個体にランダムにではありますが、一様に少しずつ積み重なって起きていくのです。
 このように、遺伝子は、ひ弱で傷付きやすいものですが、生きていく上で必要な遺伝子であれば、その傷付いた遺伝子を持って発生した受精卵は、卵割を始めることなく消滅したり、胎児が流産したり、生まれ出ても奇形であって生存できませんから、種全体に悪影響を及ぼすことはないのです。

3 突然変異による進化
 ここまで、不用な遺伝子は、突然変異によって、喪失する例が非常に多いことを述べてきましたが、少なくとも、それに見合う数の有用な遺伝子ができないことには長い長い生物の進化の歴史の中で、種はどんどん退化する一方となってしまいます。
 ところが、現実には進化している部分があるのですから、そうでなければ辻褄が合いません。
 そこで、優秀な遺伝子が生まれ出た例を紹介することとしたいのですが、どれだけもないのが実情で、心細くもなります。
 これは、のちほど説明しますが、進化の全てが突然変異によって獲得された遺伝子に、“おんぶに抱っこ”されているわけではないからです。

 事例が少ない中で、ヒトが突然変異により獲得した優良な遺伝子をまず1つ紹介しましょう。格別に優秀な遺伝子ではないのですが、アフリカとその周辺地域には、ヘモグロビンS遺伝子を持ったヒトがいます。
 赤血球の正常な形は、平べったい饅頭のような形をしているのですが、この遺伝子を持つヒトの赤血球は、その何割かが鎌状になります。
 この鎌状赤血球は、酸素運搬力が弱く、また、溶血性貧血を起こすことがあって、決して好ましいものではないですが、この赤血球を持っていると、マラリアに感染しても、自然治癒力で治りやすいという特質を備えています。
 両親からこの遺伝子を引き継ぐと、大半の赤血球が鎌状となってしまって、度々のように溶血性貧血を起こすことになり、生存が危ぶまれるのですが、この遺伝子を片親からのみ引き継いでいるヒトは、赤血球の何割かが鎌状となるだけで、貧血はまれにしか起きず、マラリアで死ぬことも少なくなります。
 こうして、マラリアの多発地帯では、ヘモグロビンS遺伝子がなにがしかの役割を担っているのです。
 なお、この遺伝子は、あるとき誰かの遺伝子が突然変異し、それが子孫に広がったと考えるのか、マラリア感染の中から何人もが同じ突然変異をし、それが子孫に伝わってきていると考えるのかですが、この遺伝子が多くの民族にまたがって見られることと、その生存力からして、これは同時多発の突然変異と思われます。
 つまり、マラリアが分泌する何らかの化学物質が、ヘモグロビンを作る遺伝子の特定の部分を化学変化させて、突然変異を起こさせた、と考えて良いでしょう。
 私には、そのように思われます。
 次に、これぞ優秀な遺伝子と言える突然変異の例を紹介したいのですが、遺伝子の構造について、分子生物学的な理解を前提としますので、まず、遺伝子とは何かについて、その概略を説明しましょう。
 その昔、細胞内小器官のうち、特定の試薬で染まる染色体と言うものが遺伝子と考えられていましたが、近年、その中の極一部だけが遺伝子であることが分かってきました。
 染色体は、物凄く長い二重らせんのDNAが折り畳まれた形で成り立っています。
 それは、1枚1枚の設計図が折り畳まれて設計図書となり、1つの図袋に収納されているようなものと考えて良いです。その図袋が試薬で染まるのでして、ヒトの場合は、23対の図袋を持っています。
 さて、DNAには、A・T・G・Cの4つの塩基が並んでいて、互いに決まった相手(AはT、GはC)と軽く手を繋いでいます。それでもって、DNAは二重らせん構造を保っているのです。そして、タンパク質を合成する必要が生じたときに、DNAの一部分の塩基が、繋いでいた手を離して相手側を複製し、つまり設計図を1枚コピーするのです。それを核から持ち出して、例えば細胞内小器官のリボゾーム(化学工場)へ運んで行って、その設計図を基にして必要なタンパク質を合成するのです。
 こうしたタンパク質の合成に必要な情報を持っている部分を、遺伝子と言うようになりました。

 最近、ヒト・ゲノムの全部の解析が完了しました。
 ゲノムとは全遺伝情報のことで、DNAに並んでいるA・T・G・Cの配列の全てを言うのですが、ヒトの場合の、働いている遺伝情報は、全体のわずか1~2パーセントに過ぎません。この部分だけを遺伝子と言います。
 他の部分は、同じ塩基の並びが単純に繰り返すだけの、つまり、白紙の設計図とか、以前は遺伝子として働いていたものの、ランダムな書き込みがなされて使い物にならなくなった設計図(ジャンク領域)で、例えばビタミンC合成酵素の遺伝子などがそうです。また、ジャンク領域には、ウイルス感染したとき、そのウイルスがDNAに割って入ったりして、ヒトのDNAと一体になってしまったものもあります。
 なお、両生類においては、これが顕著で、ヒト・ゲノムの3倍もの情報量を持つ種がいますが、これは、大半がウイルスの残骸です。
 現在働いている遺伝情報つまり遺伝子の箇所がどのくらいあるかと言うと、ヒトでは2万数千個で、先に紹介しました極小のショウジョウバエであっても、2万個弱も持っていますから、遺伝子の数というものは、種の違いや体の大きさには無関係で大差ないと言えます。
 なお、遺伝子が次々とジャンク化され、度重なるウイルス感染で、DNAが長くなるばかりですから、遠い将来においては、細胞の内部はDNAだらけになってしまうのではないかと、余計な心配までさせられます。

 でも、こうであるからこそ、遺伝子組み換えが起きたりして、優秀な形質が獲得されると考えられています。
 それは、3~4,000万年前に、類人猿と真猿類の共通の祖先の霊長類に起こりました。実際の経過はもう少し複雑ですが、簡略化して説明することにします。
 そもそも、哺乳動物以外の脊椎動物は、基本的に3原色(赤・青・緑)に紫外線を加えた4種類の光を感知するセンサーを網膜に持っているのですが、脊椎動物で唯一夜行性としてスタートした哺乳動物は、視覚を格別には必要としませんでしたから、緑と紫外線のセンサーを突然変異で失ってしまいました。
 犬がそうですが、盲導犬が、赤・青の歩行者信号を識別できないところをみると、いずれか片方だけの情報で識別し、他方は補助的に働かせているだけのようで、彼らはモノクロの世界に住んでいます。
 それが、前から働いていた赤のセンサーを、失った緑のセンサーへと設計変更、つまり、突然変異させた個体が、霊長類の中に現れたのです。青と赤のセンサーを持つ個体と、青と緑のセンサーを持つ個体の混在です。
 さて、その後に起きたのが、不等交叉という遺伝子組換えで、赤のセンサーと緑のセンサーを、同じDNAの上に乗っけてしまうという離れ業を成し遂げたのです。
 これによって、3原色のセンサーを手に入れた個体が発生したのです。
 そのおかげで、我々は総天然色の画像を見ることができるようになったのです。

 旧世界猿(アジア・アフリカ系)においては、全ての種がこれを成し遂げているのですが、新世界猿(アメリカ系)にあっては、ホエザル以外の種は、まだ2色型と3色型の個体がランダムに混在している状態にあります。
 なお、この優位な遺伝子は、X染色体に乗っかっており、哺乳動物のメスは、XXと同型の染色体を1対持っていますから、片方の染色体の遺伝子に異常があったとしても、他方が正常であれば問題なく、色盲や色弱は極めて少ないです。
 しかし、オスは、XYと異形の染色体でもって1対としていますから、その遺伝子は、1つしかなく、色盲や色弱になる確率がメスよりもうんと高くなるのです。
 昼光性となった霊長類にとって、視覚が最重要な熱帯雨林という環境では、この遺伝子が優位な機能として働きます。
 そのことは、新世界猿の色視実験で認められていますが、この遺伝子組換えが、1個体だけにできたものであれば、ダーウィンが論じた、“進化は1個体の優位性に端を発する”という仮説の一証明となりましょう。
 でも、この遺伝子組換えは、霊長類全体を襲った、あるウイルスが介在した可能性が高く、様々な種に濃淡の差はあれど、同時に幾つもの個体に生じさせたものと思われます。そして、長い世代交代の中で、どの種も皆、順次、優位な個体で占められるようになり、旧世界猿ではそれが完了し、新世界猿では只今進行中と考えるのが素直な見方でしょう。

 ついでながら、これは私の推測なのですが、ウイルスのいたずらとしか考えられない突然変異の1つがヒトの染色体の本数です。
 類人猿の染色体は皆、24対なのに対し、ヒトのそれは23対で、ヒトの第2染色体は、類人猿では別々の2本が1本にくっついてしまっているのです。
 これによって、何らかの優位性が生ずるとは、とても考えられませんし、また、これが、1個体だけにできたとすると、その個体と他の個体との間で発生した受精卵は、23本の染色体と24本の染色体を持つことになり、果たして、受精卵が順調に卵割を始めることができるか、甚だ疑問です。
 これは、あるとき、あるウイルスがヒト社会だけに蔓延し、大半の個体に、特定の染色体の繋ぎ合わせを起こさせてしまった、と考えるしかありません。
 そのとき、類人猿はそのウイルスに感染することはなく、このことは、ヒトと類人猿が地理的に大きく隔離されていた証しになるでしょう。
(注) 本章のここまでの遺伝子や突然変異に関する記述の多くは、三井誠著「人類進化の700万年」(講談社現代新書)からの要約ですが、部分的に私見を加えて、補足しました。
 なお、ゲノムの解析を通して、遺伝子による遺伝というものがより詳しく分かるようになりましたが、今のところ、遺伝子は、タンパク質の設計図ということしか分かっていません。また、A・T・G・Cの4文字で作られる言葉の意味は、まだ解読されておらず、DNA遺伝子解析も、まだ入り口に入っただけの状態にあります。

4 進化の法則はどこに
 DNA解析を通して、遺伝についてみてきましたが、ヒトがどうやって直立二足歩行するようになり、どうやって言葉を喋るようになったのかは、遺伝子だけからでは、とても説明できそうにありません。
 これらの事象は、突然変異とは別の原因で、あるとき、皆がなるべくしてなったと考えるしかないでしょう。京都大学教授で生態学の大御所、今は亡き今西錦司氏は、長く自然観察された経験を踏まえて、その著「主体性の進化論」(中公新書)の中で「1個体の変異からではなく、その種全体の一様な変異により種は進化する」との仮説を立てられています。
 そして、第2章で紹介しました西原克成氏は、「骨格はもとより内臓の形成も、地球の重力が大きく働いて生物を進化させた」との説を立てておられ、動物実験において、その一部を検証され、今西氏と同様の主張をなさっておられます。

 また、西原氏は、その実験を通して、ラマルクが打ち出した進化に関する「用不用説」は、「法則」に格上げすべきだとも言っておられます。
 ダーウィンが生まれた年、ラマルクは、その著「動物哲学」の中で、2つの“法則”を示して、これを不動の真理とし、「これを見過ごせる者は自ら一度も自然を観察したことのない人間だけだ。」とまで言い切っています。
 その2つの“法則”の要旨は次のとおりです。
 「全ての動物において、頻繁かつ持続的に使う器官は順次発達し、全く使わない器官は順次退化する。そして、その器官の変化がその種に共通のものであれば、次世代に伝わる。」というものです。
 前段が「用不用説」、後段が「獲得形質遺伝説」と呼ばれ、ラマルクの進化論上の立場は、ダーウィンとは異なり、今西氏や西原氏が同調するところです。
 ところが、後段の本旨は、単に次世代に“行動様式が伝わる”という意味であったのですが、その後において、“遺伝”という概念が生まれたがために、これを“遺伝する”と誤解されてしまい、後段の説は誤りとされ、それと密接不可分な関係にある前段の説も否定されてしまいましたから、今日に至っても、ラマルクは浮かばれない存在のままにされています。
 西原氏は、ラマルクの「動物哲学」の全編を正しく理解する中から、こうした誤解を解くとともに、進化に関する動物実験により、「用不用“説”」は、“法則”であることを検証されたのですが、西原氏は、“行動様式が伝わる”ことと、“遺伝する”こととの関係については、その著「生物は重力が進化させた」(講談社)の中で、次のように説明されています。

 進化を起こさせるのは、重力を中心とした生体力学的な行動様式をはじめとする環境因子であって、いわば「ソフトの情報系」なのです。「ハードの情報系」と呼べる遺伝子の分子進化は、形や機能を後追いして、時間の作用によってポツリポツリとランダムに変化していく存在でしかありません。
 その変化は、基本的にコピーミスです。そして、非常に長い時間を考えると、行動様式を変えたことによって獲得された形質は、確実に遺伝していくのです。
 これは、まぎれもない事実であり、獲得形質は遺伝するのです。これには、遺伝子重複などのメカニズムが考えられますが、残念ながらその詳細は不明です。
 でも、単なる突然変異の積み重ねではありません。あくまでも、1つの推測に過ぎませんが、これを「場の理論」で説明できるのではないかと考えています。
 「場の理論」とは、バトラーが発見した哺乳類の歯に関する法則です。
 例えば、犬歯の歯胚(未熟な幼歯)を前歯の位置に移植すれば前歯に成長するというように、どの歯胚をどこに移植しても生えるべき位置の歯に成長します。
 これは、血流が原因で生ずる流動電流の強弱が顎の部位ごとに違いがあるからで、遺伝子が皆同じであっても、場所によって歯の形が変わってしまうのです。
 この理論は、歯のみならず体全体の器官に適用して良いでしょう。
 すなわち、行動様式を変えることで、形や機能が変化して、体内の「場」すなわち流動電流の強弱が変わり、局所を構成する細胞の遺伝子の発現の仕方に、何らかの影響を及ぼすことでしょう。
 そして、これが、やがて遺伝子レベルで記憶されることになるのでしょう。

 ここに紹介しました西原氏の大胆な推測にしても、特定の器官における遺伝子の発現の仕方の変化が、どのようにして生殖細胞にまで記憶されるかは、説明し切れていません。
 よって、「獲得形質遺伝“説”」は、経験則としての“法則”に格上げして良いですが、そのメカニズムは、いまだ闇の中にあり、容易には解き明かせない性質のものです。
 いずれにしましても、獲得形質は、非常に長い時間の経過を必要とするものの、確実に遺伝するのでして、DNAを含む染色体の中のどこかに、何らかの形で、安定した状態で記憶されているに違いなく、それを「生命記憶」と呼んで良いと、私は思うのです。
 その「生命記憶」には、原初の生命が誕生した約35億年前からの全ての基本的な事項が含まれている、と考えざるを得ません。
 なぜならば、あらゆる生物の体液は、基本的に約35億年前の原初海水の濃度と同じに保たれていますし、高度かつ複雑な進化を成し遂げた脊椎動物にあっても、その卵子と精子は、原始的な原核単細胞生物と極めて類似した構造をしているなど、原初性が数多く認められるからです。

5 生物発生反復説
 ここまで、進化というものは、決して“1個体の優位性に端を発する”のではなくて、「その種全体の一様な変異により、種は進化する」と、考えるしかないことを、論じてきました。
 しかし、サルからヒトへ進化を果たした詳細な道筋は、それこそタイムマシーンでもない限り、つかみようがありません。
 ヒトの祖先が、その昔、どこでどのように暮らしていて、いつ、どのような環境因子の影響をどの程度受けたことによって、サルとは随分異なった、かくかくしかじかの姿に変化したのか、これは全くもって不明です。
 残念ながら、発掘された歯や骨の化石からだけでは、何とも分からないことが多いのです。
 ところが、タイムマシーンに相当するものが、実は存在するのです。
 「生物発生反復説」と言うのがそれです。
 これは、ダーウィンが「種の起源」を発表した7年後に、ヘッケルが発表した仮説で、「個体発生は系統発生の短縮された急速な反復である」というもので、通常、「個体発生は系統発生を繰り返す」と言われます。
 なお、個体発生とは、1個の受精卵が成体になるまでの過程を言い、系統発生とは、1つの種が長い長い年月を経て、原始的な単細胞生物から現在の種にたどり着いた、進化の道筋を言います。
 この原則が成立するためには、個体発生が進んでいく中で、常に、新たな変化が先へ先へと付け加わっていく形で生じてこなければならないのですが、例外が幾つも出てきて、この説は否定されてしまっています。
 でも、大略において辻褄が合っており、参考的に使われてきました。
 ところが、近年、原則に従わない例外の動物について、その例外、つまり通則に従っていると考えて良い変種などが存在することが数多く発見されました。
 また、度々本サイトに登場していただく西原氏が、生活環境を大きく変えてやる動物実験によって、「幼形成熟(ネオテニー現象)」する個体を作り出すことに成功されました。
 こうして、多くの例外について説明が付くようになり、この説は限りなく法則に近いものとなってきました。
 この「生物発生反復説」について、西原氏の先にあげた著書から、氏の見解を紹介しましょう。

 1個体、例えばヒトの発生をみたとき、卵子に精子が入り込むという単細胞生物の合体から始まって、多細胞化を進め、魚のような脊椎動物になり、ブタと変わらぬ哺乳類の形に成長し、最後にヒト特有の形質ができあがって誕生します。
 このように、個体発生は、こうした幾層にも積層した遺伝子レベルでの記憶が、同一種毎にそれぞれの段階において間違いなく共通して発現し、系統発生を繰り返すのです。
 なお、それぞれの段階における記憶は、系統発生の各段階において一定の行動様式を長く維持したことによって獲得された形質が、何らかのメカニズムで遺伝子レベルで固定されて残っているのです。

 西原氏の探究心のその先は、医師本来の職責を全うするために、「生物発生反復説(=法則)」を元にし、胎児の免疫許容が誕生後に重力の影響を受けて主要組織適合抗原を持つに至る仕組みと、免疫病のメカニズムの解明及びその治療方法の確立に向かっておられて、サルからヒトへの進化についての考察は、残念ながらなさっておられません。
 ここから先は、「人類水生進化説」をまとめあげられた、エレイン・モーガン女史に登場していただきましょう。
 彼女も、「生物発生反復説(=法則)」を正しいとする立場に立っておられて、人の胎児、そして、出生後しばらくの期間に発現する変化を詳細に調査する中で、サルからヒトへの進化の道筋を示す、タイムマシーンに相当する幾つかの事象を発表されていますので、先ずは、それを紹介しましょう。
① 胎児のゼイ毛の発生と消失
 ヒトの胎児には、受精後3ヶ月目にゼイ毛と呼ばれる体毛が生え始めて、5ヵ月後には全身がすっかり毛で覆われてしまいます。
 これはチンパンジーの胎児も同様です。
 ところが、ヒトとチンパンジーとでは、ゼイ毛の生える向きが大きく違っています。
 チンパンジーのそれは下向きに生え、雨が滴り落ちるのに都合が良い方向を向いているのに対して、ヒトの場合は、体が出っ張った部分を中心に渦を巻き、平泳ぎをしたときに水流に逆らわない方向に生えているのです。
 ヒトの胎児は、誕生前にゼイ毛を失いますが、大人になって生える体毛も、その向きはゼイ毛と同じです。
② 胎脂の発生と消失
 ヒトの胎児は、ゼイ毛が全身を覆う5ヶ月目には、白っぽいワックスのような胎脂で全身が包まれます。通常は胎脂をまとったまま生まれますが、出産予定日を大幅に過ぎて生まれる場合には、胎脂が見られないことが多いです。
 この胎脂はヒトに特有ですが、類例探すと、それは小型の水生哺乳動物で、彼らは、断熱効果を生み出すために体毛を皮脂で覆って防水しており、また、皮脂分泌が激しいです。
③ 歩く前に泳ぎを覚える赤ちゃん
 ヒトの赤ちゃんを、生まれてから何日もしないうちに、水に入れてやると、自力で、浮かぶことができ、実に楽しげな表情を示すことが分かっています。
 湖畔を生活の場とする民族の中には、仕事をする間は、赤ちゃんを仰向けにして水面に浮かべておくほどです。また、赤ちゃんを水中に入れても決して怖がらず、見事な浮上体勢をとるのです。
 このように、赤ちゃんは、水生動物のラッコと、どれだけも変わりなく、十分に水に馴染むことができるのです。
④ 把握反射
 ヒトの赤ちゃんは、生後約1週間は、掌を指で刺激してやると、その指を、強く握り返し、そのまま持ち上げても、赤ちゃんは落ちることなく、ぶら下がっていられます。これは、チンパンジーの赤ちゃんと同様です。
 なお、ヒトの赤ちゃんには、生後しばらくの間は、第4章第1節で説明します、ヒトに特有の「親指対向性」はなく、類人猿と同様、親指以外の4本の指だけを働かせています。

 以上ここに紹介しました、ヒトの個体発生の過程で現れる幾つかの形質は、類人猿とは全く異なった極めて特徴的なものであったり、逆に、成長後のヒトになくて類人猿に同じであったりしますが、これらの事象が系統発生を指し示していると言えます。
 こうして、「生物発生反復説(=法則)」というタイムマシーンによって、ヒトは、チンパンジーとの共通の祖先が、水生生活を経験する中から進化してきたことが、ある程度示唆されます。
 そこで、次章においては、モーガン女史がまとめ上げられた「人類水生進化説」を詳しく紹介することとしましょう。

次ページへ ⇒ 第4章 人類は水生環境で進化した




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