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(追補)進化論:ラマルクの用不用説と獲得形質遺伝説が否定される理由

 小生が考える進化論に関しては、「人類水生進化説 第3章 これが本当の進化の法則」と題して記事にしました。
 その中でラマルクの説を次のように紹介しました。

 ラマルクの発表した獲得形質遺伝説(これはもう“獲得形質遺伝の法則”としていいのですが)は、いつまでも“説”のまま放置され、それも学界から間違った説であるとの烙印を押されているのですから、この説を唱えたラマルクが哀れです。
 ダーウィンが生まれた年、ラマルクは、その著「動物哲学」(1809年)の中で、2つの“法則”を示して、これを不動の真理とし、「これを見過ごせる者は自ら一度も自然を観察したことのない人間だけだ。」とまで言い切っています。
 その2つの“法則”の要旨は次のとおりです。

 「全ての動物において、頻繁かつ持続的に使う器官は順次発達し、全く使わない器官は順次退化する。そして、その器官の変化がその種に共通のものであれば、次世代に伝わる。」というものです。
 前段が「用不用説」、後段が「獲得形質遺伝説」と呼ばれ、ラマルクの進化論上の立場は、ダーウィンとは異なります。
 ところが、後段の本旨は、単に次世代に“行動様式が伝わる”という意味であったのですが、その後において、“遺伝”という概念が生まれたがために、これを“遺伝する”と誤解されてしまい、後段の説は誤りとされ、それと密接不可分な関係にある前段の説も否定されてしまいましたから、今日に至っても、ラマルクは浮かばれない存在のままにされています。
(引用要約ここまで)

 しかし、この説明は小生の早とちりでして、最終段落のラマルク批判は、一面をとらえただけで、主たる批判の元は別のところにありました。
 それについて、補足し、訂正させていただきます。
 まず、後段の「獲得形質遺伝説」ですが、ラマルクは「動物哲学」の中で、たしかに慎重な表現でもって“伝わる”とし、また、遺伝に関しては“多数の世代が重ねられた後には、最後には異なった新たな種に遷変するに至るのである。…この影響を我々が認識するのは困難である。…それは…非常に長い時の経過後においてである。”と言っています。
 しかし、1815年出版の「無脊椎動物誌」になると、“各個体において、その生活の間に獲得せる、印銘されたる、あるいは変化したる体制は、繁殖によって保存され、それらの変化を受けたものの子孫に伝えられる”と、大きく踏み出し、極端に言えば、1代でもってしても遺伝すると受け止められるような表現にしています。のちほど、これがダーウィン支持者から付け入られる元となります。

 ところで、1859年に「種の起源」を発表したダーウィンも、晩年には、“何かの物質が生殖細胞に働きかけて獲得形質は遺伝する”との仮説を立てていて、ラマルクを支持しているのです。
 しかし、その後において、欧米では何もかも実験によって立証するという風潮が強まったがために、進化に関して生殖質独立説の立場を取ったワイスマンが行ったネズミの尻尾切り実験、“ネズミの尻尾を22代(実際には5代が正しいようです)にわたって切り続けたが尻尾のないネズミは1匹も生まれなかった”、という実験結果(目的は別のところにあり、身体障害は遺伝しないことの立証のためのようです)でもって、学者の多くは、獲得形質は遺伝しないことの理由にしてしまったとのです。
 全く説得力のないこんな実験、素人でも疑問符が付く実験、これでもって否定することなんてことは、何とも不可解なのですが、学界の大勢は、これ以来、ラマルクの説を切って捨てるという方向に大きく向かっていったのです。
 そして、さらに時代が進み、突然変異というものが発見されてからは、ダーウィンの進化論は、これでもって理論武装され、その後の遺伝子DNAの発見により、遺伝は生殖細胞のDNAの変異によってしか起こらないとされてしまいました。
 これにより、何かの器官がその働きを強め続けて形質が増強され、新たな形質を獲得したとしても、それがどうやって生殖細胞のDNAを変異させるかとなると、それは全く不可能なことであり、獲得形質は遺伝させようがないとなったのです。
 こうして、時代が進むにつれて、獲得形質遺伝説を支持する学者が激減し、今やこれを支持する学者は、畑違いの分野の研究者に限られているような状態のようです。

 後先になりましたが、前段の「用不用説」についても、ダーウィンは場合によってはこうしたことがあってもよいことを認めています。
 それが、その後の学者たちは、進化の原動力をラマルクの「用不用」を切って捨て、ダーウィンの「適者生存」を圧倒的に支持したのです。
 その要因として考えられるのは、両者の説明のスタンスが大きく違っていたことにあったと思われます。
 ダーウィンの場合は、生存競争、自然淘汰といった言葉を用いて、進化がさも機械論的に進むと受け取られるような説明でした。
 ところが、ラマルクの場合は、人以外の動物に「こころ」を持ち出して、「生物の要求」とか「生物の努力」という言葉を平気で使用して説明したのです。
 これがいけなかったのでしょう。西欧キリスト教社会では、人は動物の上に立つ優れたものという観念で固まっており、動物にはこころがあるわけがなく、動物は対象物に対して単に反射的に行動するだけ、としか考えていなかったのです。
 つまり、動物に擬人主義を持ち込むことを全否定する風潮にあり、ラマルクのこうした説明には極度に嫌悪したことでしょう。
 加えて、ダーウィンがうけた理由がもう一つあります。これは特に一般大衆に言えることですが、時は産業革命の成功によりブルジョアジーが栄華を極めていた時代です。生存競争に勝ち抜いての成功という資本主義経済社会の有り様が、ダーウィンの「適者生存」という生物進化説にピッタリ符合したからです。ダーウィンの「種の起源」がベストセラーとなったのもうなずけます。学者も無意識的にそれを感じたことでしょう。

 先に、獲得形質遺伝説が否定されていった経緯の中で、…素人でも疑問符が付く実験、これでもって否定することなんてことは、何とも不可解なのですが…、と書きましたが、当時の欧米の学者は、擬人主義で凝り固まったラマルクの人間性を毛嫌いしていた、ただそれだけの理由でラマルクの説を切って捨てたのではないかと思われます。

 以上でもって、訂正補足を終わりとしますが、「獲得形質は遺伝する」としか考えられないという立場の学者が何人かいらっしゃいます。
 西原克成氏については紹介済みですが、他に小生が知る方は、その一人が今西錦司氏であり、もう一人が千島喜久男氏です。お二人は、明治生まれで年は3つ違い。2度接触しておられますが、互いに影響された様子はなく、その説も全く違います。
 機会をとらえて、その説を紹介したいと思っています。
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