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大型類人猿の成長に伴う顔色の変化の有り無しはどうして?

 人間も人種により肌色が違ってくる。大型類人猿にあってもチンパンジーであれゴリラであれ、同じ種であっても肌色、いや毛で覆われているからこれはよく分からず、毛色なり顔色が違うことが多い。
 チンパンジーは少なくとも生息地域の違いにより4亜種に分かれるし、ゴリラは同様に3亜種、オランウータンは同様に2亜種に分かれる。なおもう1種のボノボは亜種はないが、どちらかといえばチンパンジーの亜種といったほうがいい。
 さて、オギャーと生まれてから大人になるまでに、彼らの顔色は同じかというと、これが種によって異なるから興味深い。
 ヒトの場合、黒人は初めから顔は黒い。他の有色人種も同様だ。もっとも生後紫外線を恒常的に多く浴びるようになると全体にだんだん黒ずんではくるが。
 ところが、類人猿の場合、ゴリラの赤ちゃんはヒトの黒人同様に初めから顔色は黒いのに対して、他の大型類人猿は顔色が段々変わっていくのである。ヒトの黄色人種と変わらないような顔色で生まれ、それが種によって、だんだん赤褐色になっていったり、黒くなっていったりするのである。
 ヒトはそもそもはアフリカで黒人として誕生したのであり、それがアジアやヨーロッパへ広まっていって、浴びる紫外線の減少により黄色人種や白人になっていった。チンパンジーの亜種は顔色や毛色は皆ほぼ黒色だが、ゴリラやオランウータンとなると赤褐色や褐色といったヒトと類似した色変化を示すが、これが紫外線量によるものかどうかは定かではない。
 そうした様々な色変化のなかで、特に興味を引かれるのが、ヒトの黒人とゴリラに限っては、生まれたときから顔色がほとんど変化しないことである。
 これはどうしたものか。
 生後の環境の変化により顔色が変わるのではなく、生命記憶として初めから定着しきっている遺伝性のものというしかない。
 ということは、ヒトそして大型類人猿は熱帯の森林性霊長類であるのだが、長い期間、それは100万年単位で捉えて少なくとも3、4単位、つまり3、400万年にわたり、ヒトそしてゴリラは毎日毎日、日中は強い紫外線にさらされ続けていたと考えるべきではなかろうか。
 それに対して、チンパンジーなどは森林での生活なり、サバンナであれば所々に木が生えており、その木陰で日中はずっと暮らし続けてきたと考えるべきではなかろうか。
 さて、ヒトそしてゴリラは、アフリカで日中に強い紫外線にさらされ続けていたとなると、そこはどこであろうか。
 より乾燥した樹木が1本も生えていないサバンナか?
 いや、そうではなかろう。
 その昔のアフリカで、樹木が生えていない豊かな生活環境はどこかといえば、それは湿地帯であり、そして水生環境である。
 ゴリラは湿地帯に生活の本拠を置き、ヒトは水生環境に生活の本拠を置いたのではなかろうか。こうした環境は、紫外線の水面反射で浴びる紫外線量は半端じゃない。
 ちなみに、ゴリラは今でも湿地帯を好み、湿地帯があれば時折そこで食事を取っているのであるが、生息域を重複させるチンパンジーは決して湿地帯に近づかない。
 人類水生進化説が真実味を帯びてきたと感ずる小生には、ヒトそしてゴリラの赤ちゃんの顔色を見たとき、これが状況証拠になると思うのですが、いかがなものでしょうか。 
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