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目的論の落とし穴=子孫を残す(その3)

  目的論の落とし穴=子孫を残す(その2)の最後に次のように書いた。
 完成された生命体である真核単細胞生物は、その後、多細胞化し、脊椎動物、哺乳類、霊長類、ヒトへと姿を変えていく一群が登場した。彼らの生まれ変わりの様から、外見上、子孫を残す行為を取り始めたやに思われてしまうのだが、実際は違う。
 このことについて論ずることにする。
 原核単細胞生物なり真核単細胞生物の分裂、これを無性生殖と呼んでいるが、同じ1人が2人になっただけで、互いにちゃんとしたクローンであり、片方は、一方から生まれた子供ではないのは明らかである。ここで、“1人、2人”と擬人化した表記をしたが、単細胞生物にも心があるのであり、考えもするから、そう表記した。
 この分裂現象は客観的に見ると、「過栄養が細胞分裂の引き金になる」のであり、「過栄養によってクローンが作られる」だけのことである。別の言い方をすれば、「過栄養によって単性生殖という生命現象が生ずる」ということになるのである。
 我々は、「生殖」という現象を「子孫を残す」ことと同義としているが、生命現象においては、このように全く異なった意味合いを持つと考えた方が素直であろう。
 誤解を避けるために、「生殖」を新たに定義し直しておこう。
 「生殖とは、単なる過栄養の吐き出しである」と。
 ただし、これには例外があり、極端な劣悪環境に急変した場合には適用されない。これについてはのちほど述べることとする。

 現生する真核単細胞生物は20億年も生き長らえてきているから、極端な劣悪環境への急変や海水のミネラル濃度のアンバランスなど大きな環境変化に何度も曝されてきている。よって、生殖方法も、単なる分裂が円滑にできなかったりした時期があったであろうから、状況に応じてもう少し込み入った分裂や合体をするものが多いようである。
 例えば、出芽酵母菌の場合は次のようである。
 増殖するときに分裂ではなくて原始的な多細胞生物がよく行なう発芽の方法を取っている。そして、環境が悪化すると単相の小さな細胞(=胞子<2タイプ>)を放出し、その後成長してからは、あたかも原核単細胞生物のように単相のままでも増殖するし、タイプが異なったもの同士が合体して複相になったりもする。こうしたことは、そもそもの真核単細胞生物に備わった生殖能力であって、その時々の環境に応じて最適の遺伝子発現が生ずると考えたほうがよいというものである。

 地球上の生命の歴史は単細胞生物ばかりの時代が長く続いたが、やがて多細胞生物が発生した。その原因は、細胞分裂が阻害される要因(例えば海水のミネラル濃度のアンバランス)によって、細胞膜づくりが円滑に進まなくなり、離れ離れになれなかったからであろう。そして、こうした環境が長く続けば、環境条件が元の状態に戻ったとしても、慣れ親しんだ多細胞体生活に固定されてしまった種も生じたと考えられるのである。
 その多細胞体は過栄養の状態になると、息苦しくなるから何らかの形で自分の体の一部を吐き出さねばならない。原初においては最も簡単な真核単細胞の放出という方法を取ったようにも思われるが、現生する生物でそのような種は見あたらない。これに代わる方法として、快適環境時の出芽酵母菌のように体表から発芽させ、小さく未熟ながらも本体とほぼ同じ姿になったものを切り離すという方法がまず採られたことであろう。これも、子を作ったわけではなく、クローンであり、「過栄養の排泄」によって2つの生き物に分離されただけのことである。
 多細胞動物ともなると、その後、より多細胞化し、細胞群の機能分化がますます進み、各種器官を持つに至った。そして、オス・メスに分化するものが多くなってしまったのである。
 初期に想定された複相のDNAを持つ真核細胞の放出という過栄養の排泄が、単相のDNAしか持たない卵子あるいは精子の放出という、奇妙な方法を取る動物の誕生である。この卵子と精子が合体して複相のDNAを持つ受精卵となり、細胞分裂を繰り返して親と同じ姿に成長するのであり、今や動物は基本的にオス・メスに分化してしまい、性を際立たせる方向に変わってきており、特に哺乳類において非常に顕著な高まりを見せている。
 なぜに、動物はこのような奇妙な方法を採るようになってしまったのか。以下は小生の全くの推測であるが、思うところを述べよう。
 これは、生命の同時大量死と密接に関係しているのではなかろうか。
 太古の時代において、あるとき突然の環境悪化が全地球的に襲い、全ての動物に未曾有の生命の危機が訪れたことであろう。今直ぐにも死ぬかもしれないという危機である。こうした天変地異は大隕石の衝突などにより過去に地球を何度も襲ったのは事実であり、真核細胞を放出する程度に進化した多細胞動物の時代に起こっても不思議ではない。
 こうした危機的事態に直面したとき、動物はどのような行動を取るであろうか。
 「どうにもしようがないから、あきらめて死を選ぼう」などとは全く考えない。思いっきり悪足掻きするのが動物である。「自分は生きたい!死にたくない!」と強欲するのであり、屠殺場へ引っ張られていくことを察知した牛や豚と同じ思いである。
 こうした未曾有の生命危機が迫ったときに、遠い遠い過去の生命記憶が呼び覚まされるのではなかろうか。その生命記憶とはどんなものか。
 現在、地球上で最も劣悪な環境に住んでいる生物は、火山ガスや温水が噴出する場所であったり、海底火山の噴出孔付近である。後者が生命誕生の有力候補であり、そこには、今日、最も原始的な構造の原核生物が棲んでいる。
 これが多細胞動物にも原始生命記憶として刻み込まれていると考えるしかなかろう。
 ここで、最も劣悪な環境と言ったが、生命誕生の頃の原核生物にとってはこれが最適環境であったと言えるのである。先に言った前代未聞の天変地異とは、大隕石の衝突で地球上のあらゆる所が火山噴火と同様な状態になったと考えて良いのではなかろうか。
 その環境に適合するには、自分の遠い遠い過去の時代の原核生物に成り代わればよいというものである。
 こうして、今までは単なる過栄養の排泄として、自分の細胞と同じタイプの真核細胞(DNA複相)を放出していたのに代えて、その前段階の原核細胞(DNA単相)を自分自身の身を削って大量に放出し、その生命体は息絶えたのではなかろうか。
 また、そこまでの生命記憶が呼び出せなかったとしても、原核細胞(DNA単相)を大量に放出することになったことであろう。
 そう思われるのは、初期の多細胞動物は器官の形成までは到達しておらず、個々の細胞は1真核生物としての心をまだまだ持ち備えていたであろうからである。
 かかる未曾有の生命危機が迫ったときには多細胞動物は既に動きを失い、死に向かっていたであろう。そうなると、それぞれの細胞たちは、くっつき合ったままでは逃げるに逃げられず、別れ別れになりたい気持ちになるであろう。
 それが可能な者たちは過栄養の排泄に取り組む細胞群である。
 まずは真核細胞(DNA複相)の形で逃げ出しを図る。
 それに続く者たちは、DNAを複製させて細胞を分裂させるにはあまりにも時間がかかるから、とにかく逃げ出したい一心で、単に細胞を2分するだけで離れていこうとしたのではなかろうか。
 そうなると、DNAは単相となり、核を保護する二重の膜も作ることなく、まさに原核生物と同じ姿になって離れるしかない。これが卵子の基本的な姿である。更には、2分されたものの、細胞膜を作る暇さえなかった者は、核のみを包む膜を作り、極小の原核生物と同じ姿になって離れるしかない。これが精子の基本的な姿である。
 放出された原核細胞は原核生物として生きようとする。でも、容易には栄養にありつけないから、大半は死ぬしかない。しかし、死にそうになっても、共食いによる合体によって命を長らえることができる。
 そして、その成功例が2つあったと考えてよい。
 一つは、現生動物が放出する配偶子と呼ばれるもので、単相のDNAを持ち、かつ、細胞内物質を全部持ち合わせていて、これが共食い(合体)することで複相のDNAとなり、元の生命体を構成する真核細胞と同じになって、これが元の生命体へと成長していくのである。でも、こうした方法を取る種は現生動物ではまれである。
 もう一つは、卵子という配偶子と同質のものと、精子という単相のDNAしか持ちあわせない極小のものとの共食い(合体)である。これによって複相のDNAとなり、元の生命体を構成する真核細胞と同じになって、つまり受精卵となって、これが元の生命体へと成長していくのであり、この方法が現生動物の主流となっている。
 こうして誕生した生命体は成体になる前にほとんどが死に絶えたであろうが、運よくどれだけかは環境条件が整った所に流れ着いて生き長らえ、本体と同じ多細胞生物に成長し、過栄養の排泄をするまでになる。
 しかし、以前のような快適な環境とは大きく異なっていたであろうから、絶えず生命の危機と隣合せの状態に置かされていて、過栄養を排泄できる状態になると、その役割を担う細胞群から放出されることとなる細胞たちは、一刻も早く本体から離れていこうとして、従前の真核細胞とはならず、基本的には卵子または精子のいずれかの形でもって脱出を図ったのではないかと考えられるのである。
 前者をメスといい、後者をオスという。
 このオス化・メス化の分離は、きっと1代、少なくとも数世代にして生命記憶として刻み込まれ、2セットあるDNAが全く同一形か若干の違いがあるかによって、それぞれの個体ごとに、生命記憶の呼び出し方に違いが出て、いずれかがオスとなり、メスとなったことであろう。
 そして、その後に快適な環境が回復しても、過栄養の排泄は、従前の真核細胞に戻ることなく、卵子または精子という原始的な原核生物の姿に固定されてしまったのである。
 さて、事ここに至って、動物は有性生殖という様相を示し、あたかも「子孫を残す」やに受け止められてしまうが、卵子や精子の放出というものは、快適環境にあっては、動物本体にとって、これはあくまでも「単なる過栄養の排泄」に過ぎないのである。
 ちなみに、栄養状態が悪化すると、成体を維持するのがやっとになり、とうてい過栄養の排泄はできなくなり、卵子・精子の放出が止まるのである。そして、当然にして哺乳類にあっては発情しなくなるのである。
 そして、忘れてならないのは、卵子や精子もれっきとした生き物であり、彼女ら・彼らには無理やり排泄させられたという感覚は全くなく、過栄養による肥満の息苦しさから脱却を図るべく、自らの意思で本体から離れていこうとしただけなのであり、また、貧栄養下にあれば、離れたくないと思っただけのことである。
 なお、その後の長い歴史推移により、オスはますますオス化し、メスはますますメス化を顕著なものとしていき、今日に至っているのであるが、これは、生き物である精子が、そして卵子が、その望むところから、成体をそのように作り変えさせてしまったとも言えよう。
 極論すれば、動物と言うものは、まず先に精子・卵子ありきであって、「成体は、精子・卵子の担体である」と言うこともできるのである。
 ところで、卵子や精子の放出というものは、もう一つの側面を持ち備えている。
 産卵や射精によって息絶える動物が数多く現生するのであるが、これは、自分が原核生物に成り代われば助かるかもしれないという原初の生命記憶を今でも引きずっていて、自分自身の身を削って卵子なり精子を大量に放出するからであろう。
 そして、これはヒトの生命記憶にも存在していると考えてよいと思われるのである。
 なぜならば、大量虐殺されるかもしれないという危機が突如として訪れたときには、ヒトは盛んに性交するようになり、メスは排卵期でもないのに排卵し、オスは何度も射精できるのである。これは万国共通の出来事であるが、日本では太平洋戦争の終結で玉音放送が流されたのち、靖国神社で白昼堂々と幾組もの男女が長時間もつれ合っていた事実からも明らかなことである。
 さらに付け加えれば、平常時にあっても、ヒトのオス・メスが結合してクライマックスを迎える段に至ったときの精神状態というものは、小生がオス性の動物であるからもしれないが、破滅的、破壊的な気分になってしまうからである。そして、事が済んだ後に虚脱感、恍惚感が訪れるのであるが、これは死の快悦ではなかろうかとさえ思えるのである。

 本稿その2で、「ミトコンドリアは最初のミトコンドリアのクローンであり続けるのであるからして、これを不老不死と呼んで何ら支障ない」と言い、また、「ヒトという動物はヒト・ミトコンドリアの担体として、ヒト・ミトコンドリアが生き続けるために存在するだけの使い捨ての動物(うごくもの)である」と言った。また、このページ(本稿その3)で、「産卵や射精によって息絶える動物が数多く現生する」のであり「成体は、精子・卵子の担体である」とも言った。そして、精子・卵子の側から物を言えば「我々は成体のDNAを1対持っているからして生体のクローンである」とも言える。
 よって、「動物は必ず死ぬから子孫を残す行為をするのは議論するまでないこと」という考え方は否定されねばならぬ。なぜならば、この考え方には目的論が入ってきているから、間違いとなるのである。加えて、「大半の生物が複相のDNAを持つのは、片方のDNAに一部異状があっても生きていく上で問題が生ぜず都合がいいから」という解釈も完全なる目的論であって、間違いとなる。単相のDNAしか持たないとしても何ら問題はない。DNAに一部異状があれば、発生しないのであり、うまく生長しないのであり、早々に姿を消し、正常なDNAを持つ個体しか残らないのであるからして、単に発生や生長する確率が幾分か落ちるだけであって、種の永続には何ら問題にならないのである。なお、今の世界に複相のDNAを持つ生物が多いのは、単細胞時代に共食いの繰り返しにより単相が複相になる経験を積み重ねるなかから、それが恒常化して固定化されてしまった生命記憶の発現によるものだろう。

 長々と「目的論の落とし穴=子孫を残す」を書き綴ってきましたが、こうした考え方あることも知っておいていただきたいものです。
 なお、本稿は、先に投稿した下記の記事から、多くを抜粋し、一部書き改めたところです。
生殖の新たな定義「過栄養の排泄」(その1:複相の真核生物の誕生)
生殖の新たな定義「過栄養の排泄」(その2:多細胞化とオス・メスの誕生)
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